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【百済伝説03】東日流外三郡誌と似ているか?

百済の里を調べていると↓こういうのが見つかるのはお約束です。

>宮崎県東臼杵郡南郷村の「師走祭り」は、百済の亡命王族・禎嘉王一族を偲んだ祭りである。
…(中略)…
在日同胞もまた、故郷を後に異国の地・日本へ向かう日、幾度と無く叫んだであろ う別れの言葉。けれども、再会を果たすことなく、この地に露と消えた多くの1世たちを思うと、胸が 押しつぶされそうになる。悲しい由来を知らない人々の手で、今も祭りは続く。
(陳美子、文芸同京都文学部長)
[朝鮮新報 2007.4.21]
<
http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2007/10/0710j0421-00001.htm

胸が押しつぶされてしまえばいいのに・・・m(_ _)m


それはそうと、前回書いた南郷村の百済伝説の根拠に“神門神社に伝わる衣服に隠すように縫い付けられていた絹布”があると知って、東日流外三郡誌と似た捏造かもしれないと思いました。

東日流外三郡誌(@wikipedia)というのは真偽論争を経て偽書が確定しています。

東日流外三郡誌は発見者・和田喜八郎氏の自作自演だったのですが、和田氏は叩かれてもめげないタイプでした。
しかし神門神社の宮司の家系で役場の企画観光課で働く原田さんは村の過疎を心配した気のいいおじさんのように思えます。

私利私欲ではなく百済伝説を信じて扶餘へ調査団を派遣したり、村の活性化のために神門神社の宝物類の中の衣のえりに縫いつけてあった墨書きの字を調べたりしていたら、国内外の人権屋が群がって人口2500人の村に国や県の補助が16億円もついたとしたら・・・。

東日流外三郡誌の場合は一流のペテン師・和田喜八郎氏のウソを暴くためたくさんの識者が戦いましたが、人権屋のバックはありませんでした。
一方、南郷村の百済伝説はなんというか・・・気が重いです。




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