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インドネシア メモ 2

ムガール帝国はジンギスカンの末裔が建てた国だからモンゴル(ムガール)帝国と名付けた。
ニューヨークはイギリス人ヨーク公の、フィリピンはスペイン皇太子フェリペから。

古今東西、征服王は自身の出自にこだわる。

天皇が日向に天降り、畿内と九州に地名の相似があるのは大和朝廷の故国が九州である証拠だ。
それはおいておいて。


インドネシアという呼び名はオランダの植民地時代に始まった。
たくさんの王朝が並立していたインド以東の島々をまとめて「インドの島々」と呼び、今は国名になっている。


一方、オランダ人がバタビアと命名した首都ジャカルタは元の名に戻った。
ジャカルタはサンスクリット語で「偉大なる勝利の街」を意味するそうだ(Wikipedia)。


前にも書いたがインドネシアとマレーシアの国名と領土は、イギリスとオランダの植民地がそれぞれ独立した結果であり、民族や言語や宗教によるものではない。


とはいえ古代から東南アジアの国々はインド文化を取り入れている。


マレーシアの国名はサンスクリット語で「山脈のある土地」を意味する(Wikipedia)。
カンボジアのアンコール・ワットはサンスクリット語で「王都の寺院」
ベトナムのチャンパは北インドの地名、カンボジアの国名はインドのバラモン僧の名前が由来だという。


シュリーヴィジャヤ…(中略)…国名はサンスクリット語で、"シュリ(Sri)"は"聖なる、光輝の"の意味(英語の"shine")で、"ヴィジャヤ(vijaya)"は"勝利"を表す(英語の"victory")といわれています。"光り輝く勝利"という、非常に格好いい名称です。この"シュリ"については、"スリ"とも記されますが、現在のスリランカの"スリ"も"聖なる、光輝の"の意味で、"ランカ"は"島"の意味があります。
以上世界史の目「謎の海上帝国」から引用させていただきました。


シャイレーンドラ朝(8〜9世紀)は、サンスクリット語で「山からの王」の意。大乗仏教を信奉した(Wikipedia)。


知れば知るほど東南アジアとインドは近い。


そして調べれば調べるほど南インドのチョーラ朝とシュリーヴィジャヤとシャイレンドラとチャンパとアンコールの関係がごちゃごちゃして溶け合っているようにさえ感じる。


チョーラ朝
最盛期のチョーラ朝の領土と勢力圏(Wikipediaより流用)

シュリーヴィジャヤ
シュリーヴィジャヤ王国の勢力圏(Wikipediaより流用)



巨大帝国はあまたある。
その中でインドは常に北からの侵入者に征服され征服者を取り込んできたのだと思っていた。
インドから東に乗り出して巨大帝国を作った王朝があることを知らなかった。




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