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中国の前方後円墳もどき

2003年、はじめて中国を旅した。
鄭州の打虎亭漢墓に行った時の話。


鄭州駅バスターミナルの窓口で「打虎亭漢墓」と書いた紙を出したけれどわからない様子。打虎亭漢墓は登封県にあるので「登封」と書くと乗るバスを教えてくれた。
バスに乗るとき車掌さんに「打虎亭漢墓」と書いた紙を見せると降りる時声をかけてくれただけでなく、あれが看板で博物館はあっちだと教えてくれた。


バスが鄭州を出たのは8時15分。「打虎亭漢墓」着9時45分。
子供から大人まで満席のバスが衝撃だった。しかしそれは別の話。
ついでに帰りのミニバスは同じ道程をスリルとサスペンスな運転で1時間で戻った。



    ※ ※ ※ ※ ※



打虎亭漢墓は後漢後期の太守とその親族の墓だという。
他に見学者がおらず、わたしひとりのために鍵を開けてくれた。
天井がアーチ状に組まれた頑丈な石室が三方に広がり、その壁は隙間なく絵画で覆われている。
どうにも日本の古墳と雰囲気が違う。


ところが、墓の北面に前方後円墳そっくりな盛土があった。
上にも登ったが、見た目は日本の前方後円墳と同じだった。


見た目は同じだけれど作りが違う。
日本の石室は盛土の中にあるが、中国の石室は地下に作られる。
打虎亭漢墓も地下にあるし、記憶は曖昧だが墳丘と石室の位置がずれている。


墳丘部分は近年前方後円墳もどきに成形したのではないだろうか。
ただし、2003年の話なので今はどうなっているかGoogle Mapの航空写真モードで拡大してみた。

打虎亭漢墓_mapG
前方後円墳らしくもあるけれど、2003年には前方部の上が丸くなっていなかった記憶だ。
とはいえ今も前方部の基礎は四角いままだし、真ん中に通風塔が見える。


墳墓入り口で売っていた小冊子の漢字を眺めていると、「ふたつの墓は30mの距離にあり、南向きに並んでいる。両墓とも石室の構造は基本的に同じである。」とあるので平面図を描いてみた。(あくまで私の記憶です)

打虎亭漢墓map
打虎亭漢墓_1
[1] 右奥の林が後円部の墳丘(だった記憶)

打虎亭漢墓_2
[2] 羨道に下る階段

打虎亭漢墓_3
[3] 玄室に通じる羨道

打虎亭漢墓_7
打虎亭漢墓_4
[4ab] 前方部。3段に作ってあるのがはっきりわかる
   (打虎亭漢墓の本当の形なのだろうか…)

打虎亭漢墓_6
前方部の通風塔



    ※ ※ ※ ※ ※



後漢後期、2世紀の2つの円墳を前方後円風に改造する。
そんなことするかなあとも思うのだけれど前日花園口で見た「相依峰」も不思議だった。
「相依峰」を検索しても見つからないので今はもうないのかもしれない。
しかし2003年にはあった。


打虎亭漢墓に行く前日、黄河に直にタッチしたいと思って花園口公園に行ったら「相依峰」があって驚いた。


花園口_1 花園口_2
花園口_3 花園口_4
下右は橋の近くで黄河を見守る「鎮河鉄犀」



氾濫する黄河の脇に墓を作るわけがないから前方後円墳ではない。
だから「相依峰」はたまたま前方後円墳風に出来た地形かもしれない。
いや黄河の河川敷にこんな地形ができる訳がない。
でも前方後円墳を意識して作るメリットがない。
今探しても見つからない・・・。



打虎亭漢墓の墳丘も花園口公園の相依峰も「前方後円墳もどき」と言ってもいいのかどうか、とても歯がゆい。
というかいろいろ分からないし不思議だ。




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