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慶州の四隅突出型墳丘墓

楯築遺跡について調べていて図書館の閉架図書を借りた。

日本の遺跡発掘物語 4 弥生時代Ⅱ(西日本) 
森浩一企画監修 社会思想社 1984年発行
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・・・1980年に韓国慶州市郊外の朝陽洞で四隅突出墓や木槨墓が検出されたことが判明して、にわかにこの関係が注目されるようになった。
 この韓国の発掘調査結果については、まだ正式な報告書が出ていないようで、わが国ではほとんど論議されていない。・・・
・・・楽浪から直接伝わったことも示す水晶勾玉、同切子玉のほか、馬鐸、銅製剣柄頭、鉄剣、土器などが副葬されていた。・・・韓国側の正式報告を待って検討されるべき重要な資料である・・・(P147〜149から引用)
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韓国の前方後円墳が埋め戻されたのは有名だけれど四隅突出型墳丘墓については知らなかった。
とはいえ新羅の王は倭人だったのだから驚くことではない。
百済側に前方後円墳が、新羅側に四隅突出型墳丘墓があるのは理にかなっている。

今「朝陽洞 四隅突出」とか「慶州 四隅突出」と検索しても出てこない。
一方、北朝鮮には「慈城郡 西海里第2古墳群1号墓」はじめいくつか四隅突出墓があるようで面白い。

それにしても

楽浪から直接伝わったことも示す水晶勾玉」というのは、漢で「勾玉」が作られていたという意味だろうか?
韓国側の正式報告を待って」というのは、韓国の報告を鵜呑みにするということだろうか?

DSCN3881z.jpg DSCN3882z.jpg 

DSCN3885s.jpg



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