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皇室と宗教 1

天皇は天照大神の子孫だけれど、日本にとって唯一無二の神の系譜ではなかった。
蘇我氏の神、物部氏の神など、たくさんの豪族がそれぞれの神の系譜を持っていた。 

豪族のひとつである天照大神の孫、瓊々杵命は天降ってから周りの豪族と姻戚関係を結んだり戦ったりして勢力を伸ばした。

瓊々杵命の拠点は太宰府であり出雲経由で畿内に遷った。



思想や宗教は支配者にとっては便利なアイテムになりうる。
太宰府天皇家の仏教は南方仏教で蘇我氏の仏教は北方仏教だった。

畿内に遷った天皇一族は仏教を使ってさらなる日本統一を目指した。
それが聖武天皇の「国分寺建立の詔」だ。

・・・時代が違う?
いやいや違わない。
天照大神は持統天皇、瓊々杵命は文武天皇であり
文武天皇が皇位に就いたところで日本書紀は終わっている。
畿内に遷った大和朝廷がさらなる日本統一を目指して仏教を使った。


各地の豪族にはそれぞれの神がいたはずなのに仏教を拒否した記録がない。
・・・毛人、熊襲、全国のダイダラボッチ伝説など、大和朝廷に簡単に従わなかった記録はあるけれど、「国分寺建立の詔」という神の押しつけを拒んだ記録はない。
凄いことだと思う。日本人の柔軟性は今も昔も凄いと思う。
江戸時代のキリスト教禁止もキリスト教を利用した勢力への処置だった。

しかしたぶん、宗教に無頓着なのは日本特有なことではない。 
随分昔、ネパールでトレッキングした時、仏教徒のシェルパがヒンズー教のお祭りを楽しみにしていて、その様子が日本人とそっくりで印象的だった。

東南アジアの人々は程度の差はあっても感性が日本人と似ている。
東南アジアではなく多神教の人々は似ているのかもしれない。

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