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弥生時代の人口(1)

卑弥呼がいた邪馬台国の時代の日本列島の総人口は、
小山修三氏が遺跡分布から推計した60万人が一般的です。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1150.html

魏志倭人伝には邪馬台国は七万余戸(約35万人)とあります。
http://members3.jcom.home.ne.jp/sadabe/kanbun/wakoku-kanbun1-gisi.htm

畿内説者の場合、九州から畿内にかけて35万人、
日本列島全体で60〜100万人という人が多いです。
(卑弥呼の時代は弥生時代末期だから60万より多いだろうということです)
そして日本の学者の9割が畿内説です。

九州説者に安本美典氏がいますが、外野の学者です。
安本氏は弥生人口を300〜400万人以上としています。
わたしの知る限り、安本氏がいちばん多い設定です。
http://yamatai.cside.com/yasumoto/tyosyo60.htm

しかし一般的には3世紀の人口は60〜100万人と考えられているわけです。
そして奈良時代の人口は戸籍や正税帳から600万人~700万人と推定されています。

さてここで「人口の自然増加率」というものがあります。
日本だって昭和初期と現在で兄弟の数が全く違うのですから、
あまりあてにならないと思うのですが、統計学用語のようです。
そして弥生人口60〜100万人が奈良時代に650万人になるには
たくさんの渡来人がいたはずだと言われています。
江上波夫氏の「騎馬民族征服王朝説」などもそのひとつです。

次は持論を書きます。




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