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技術の伝達

考古学者石野博信のアジア民族建築見てある記」(小学館 2004年)P18
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唐古・鍵遺跡の楼閣絵画が出たとき、宮大工さんにお聞きした。
「弥生人がはじめて二階建て以上の建物をつくろうとするとき、中国か朝鮮の経験豊かな大工の応援はどれほど必要ですか」
棟梁が一人来て、弥生人の大工に教えればできる」との答えであった。

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なるほど新技術も受ける側に能力があれば容易いのだ。



考えてみれば戦国時代の鉄砲は西洋人に作り方を教えてもらったわけではない。
幕末の蒸気船もペリーの黒船来航の直後、自力で造船した。



4000年前の桜町遺跡、2000年前の池上曽根遺跡に大型建物をもつ日本人にとって
唐古・鍵遺跡の楼閣建築が難しいわけがない。



江戸の技術が明治を築いたように、縄文~弥生の技術があったから古墳時代の建造物が作れたわけで、技術者集団の渡来など必要がなかった。



いや、もし技術者集団が来たなら「ホゾ」など日本の用語は使わず自分たちの技術用語を使い、日本語に大量に導入されているばずだ。
そんな例は聞いたことがない。





ちなみに、時代は違うが東南アジアの部族国家にはもっと大きな高床建物が珍しくない。

日本人の来た道 05 東南アジアとの類似
 【インドネシア 03】Taman Mini Indonesia Indah




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