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甕棺の系譜

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金隈遺跡展示館 2006.03.04撮影




九州北部では豪族から庶民にいたるまで甕棺が使われていた。
1万基を越える甕棺墓があるという。

甕棺墓に混じってわずかに木棺墓や石棺墓がある。
同様に九州南部の遺跡にはわずかに甕棺墓が混じる。

九州北部と九州南部に婚姻を含む交流があったからであろう。



さて、倭人伝には伊都国は帯方郡からの郡使の駐在所だとある。
邪馬台国にとっての表玄関ともいえる港をもつ伊都国は甕棺文化圏の中心にある。
密な交流があったはずだ。

ところが畿内から甕棺が出土していない。
畿内から甕棺が出土しない理由を「畿内説」の人たちはどう考えているのだろう。

参考:九州の甕棺(国立歴史民俗博物館)



 ※ ※ ※ ※ ※



ところで、アップする写真を探していたら金隈遺跡の前に訪れた宇美町立歴史民俗資料館で船の絵を馬だと説明しているのを見つけた。いまもこのままなのだろうか・・・

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2006.03.04撮影

鳥取県空山古墳群の壁画




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