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邪馬台国太宰府説の検証4

邪馬台国@Wikipedia>邪馬台国九州説

九州説の弱点4
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中国地方や近畿地方に、九州をはるかに上回る規模の古墳や集落が存在していること。
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前回書いたように卑弥呼の時代の日本の人口は600万〜700万人だった。
太宰府の邪馬台国はそのうちの35万人であり、日本には邪馬台国と同程度の国がいくつかあったと考えられる。



魏志倭人伝は邪馬台国の東の海を渡るとそこにも倭人の国があると書いている。
その倭人の国のさらに先の「絶海」に侏儒国、裸国、黑歯国があるという。
「絶海」と書いたのは詳しくわからないからだ。


あるいは金印を与えた邪馬台国と翡翠を産する投馬国を書くことで東夷伝の目的は達していたのだと思う。
当時、中国と直接関係のないインドやローマのことをは知っていても書いてないのと同じだ。


金印を与えた邪馬台国のことでさえ「自女王国より北は、その戸数、道程を簡単に記載しえたが、その余の国は遠くて険しく、詳細を得ることが出来なかった。(現代語訳は『三国志魏書』倭人伝(通称:魏志倭人伝)より引用)」として国名を列挙しているだけである。


倭人伝では邪馬台国以外の倭国として南の狗奴国と水行20日の投馬国のみ記している。

邪馬台国行程B



一方、畿内説は「邪馬台国の東の海を渡るとそこにも倭人の国がある」の説明ができない。



さらに中国地方、畿内、九州の遺跡巡りをした感想だが中国地方や近畿地方に「九州をはるかに上回る規模の古墳や集落が存在している」という表現は解せない。

遺跡の規模は近くの遺跡を分けて名付けるか一つにまとめて名付けるかの違いでしかない。
例えば戸数3千の壱岐の原の辻遺跡は100万m²で池上・曽根遺跡は60万m²だ。




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