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邪馬台国太宰府説の検証2

邪馬台国@Wikipedia>邪馬台国九州説

九州説の弱点2
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魏から女王たちに贈られた品々や位が、西の大月氏国に匹敵する最恵国への待遇であり、小領主へ贈られたものとは考えにくいこと。
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なぜ「小領主」などと書くのだろう。


太宰府の邪馬台国が滇国や大月氏国と同じかそれ以上の国だったからだ。
金印 1


だからこそ邪馬台国は金印を2回受けている。
また、金印を受けたからといって魏の冊封体制に入ったわけではない。


「冊封体制」というのは戦後、東京大学名誉教授で中国史学者の西嶋氏が創った造語だ。
「冊封体制」について


学者は日本の遺跡が世界的にみても巨大なことを言わない。
遺跡の規模と数




魏から女王たちに贈られた品々や位」が立派なのは相応しいからだ。

邪馬台国も相応の贈り物をしている。
まず「生口」だ。
「生口」とは技術者(匠・職人)のことだと考えている。
今で言う「技術供与」に当たる。
【倭人伝】生口は技術者(職人)

つぎに「翡翠」がある。
翡翠は投馬国(出雲)から直接仕入れていたかもしれないが邪馬台国も壹與の代に玉を送ったとある。


古代中国にとって翡翠は宝の中の宝だったが産出国はホータンと日本だけであり、ホータンの翡翠は軟玉であり硬玉は日本にしかない。
(ミャンマーの翡翠は知られていなかったというのが定説)

当然、玉文化は中国より日本のほうが古い。
漆も日本のほうが古い。

太宰府の邪馬台国は古代中国にとって金印に値する国だった。





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