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「朝鮮語を考える」塚本薫

古代史を語る学者の嘘に気付き始めた10年ほど前
図書館で「朝鮮語を考える」(塚本薫 白帝社 2001年)を読んだ

朝鮮半島を侵略した日本人としての贖罪意識から
苦労して「朝鮮語大辞典」を完成させたとたん
韓国でその海賊版が出まわって悔しい思いをした

と書いてあったのが印象的だった
そしてそれにもめげない筆者の誠実さがよく分かる本だった

その本をもう一度読みたくて調べると閉架図書になっていた
それを借りて10年ぶりに読み返した


こんな真面目な人がなぜ朝鮮人の嘘に気が付かないのだろう
なぜ「日帝が侵略した」と信じ続けるのだろう


どう考えても日本は朝鮮半島を侵略していないし
戦後虐げられ続けているのは日本人の方だ


そのことに気が付かない、気付きたくない「善意の知識人」の心情を
覗きたかった


読みながら気になった部分を書き出していたらずいぶん長くなってしまった


朝鮮語を考える朝鮮語を考える
(2001/05)
塚本 勲

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以下引用(頭の数字はページ)
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1 日本の朝鮮語観

12
敗戦直後のことだと思う。…(中略)…(映画館の)二階の席のいちばん前に何人かで陣取っていたが、大人の女の子がきて、みんな立て、といって立ちのかされた。「ジャパン負けた。日本人でていけ」と、かの女はいった。わたしはジャパンというのはどういう意味かわからなかった。ぼんやりと日本のことかなと思った。それだけのことで記憶には、悔しいとか腹が立ったとか、そんなものは残っていない。


15
四十年間、政治、政党や社会や大学は、朝鮮語に何をしたか。何が変わったか。自分は何をしてきたか。字引きをつくり、朝鮮図書室をつくり、エンボギや金芝河を訳し、在日朝鮮人の言語を調べ、高句麗語・朝鮮語・日本語の比較言語学に取り組んだ。


16
日本は朝鮮半島を侵略し、植民地支配をし、朝鮮語を「抹殺」した。日本は戦いに敗れ、朝鮮民族は独立したが、日本の中の朝鮮語は「抹殺」されたままである。


18
昭和三十年(一九五五)、畑中政春氏(元朝日新聞モスクワ特派員)が日朝協会の理事長となり、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)を主とする友好運動が繰り広げられた。この頃から、各地で朝鮮語や、文化・民族を知ろうとするサークルが広がった。
…(中略)…木元賢輔氏…立命館館長、松川博氏…和田洋一先生(当時、同志社大学文学部長)…日教組や大きな労働組合に出かけて、朝鮮語を学ぼうと説いたが、反応は冷たかった。昔日の感がある。


19〜20
朝鮮語を学び、言葉を通じて民族を知り、民族を知って親善をはかるのだと考えるようになった。そうして、それが若いわれわれの使命なのだと、それは朝鮮侵略をした日本人の歴史的責任であるのだと、新しい親善の玄界灘をつくるのだと、あの頃、わたしたちは、安酒をあおりながら熱っぽく語り合った。


22〜23
一九六三年に大阪外国語大学に朝鮮語学科が設置された。…(中略)…わたしは専任講師として赴任すると、責任の重さを骨にしみて感じ、二つのことを始めた。一つは金思燁客員教授といっしょに出版の目あてのない『朝鮮語大辞典』をつくり始めたことである。


24
四十年前、出版社は朝鮮関係の本を出版しなかった。朝鮮・韓国の本を出版すると倒産するというジンクスが出版社にあると何回も聞いた。


25
おやじが年をとって財産、つまり先祖代々の土地(羽曳野市丹比村)をもらえる時、わたしはチャンスだ、今こそ図書・資料室をつくろうと思った。


27
わたしは先祖の土地を売り、家人の反対を押し切り、マイホームの購入を断念し、その資金を提供し、六千冊の蔵書を差し出した。


32
五十年代では、大学でも新聞でも国立のいわゆる「東洋研究所」ですら見捨てられてきた朝鮮語が、六十年代に入り、日韓条約を経て、七十年代に入り、少しずつ少しずつ社会的に市民権が認められるようになっていった。


38
戦後五十年で朝鮮語学習者が、飛躍的に増えた時期が二回ある。一つは、八四年のNHKのテレビ・ラジオのハングル講座であり、もう一つは八八年のソウルオリンピックである。




2『朝鮮語大辞典』と『小辞典』の編集をふりかえる

51
朝鮮専門の書店…(中略)…東山七条の日赤病院の前にある朝鮮の寺『万寿寺』の片隅の小さな部屋にあった。北朝鮮の本がすべてであって、韓国の本はなかったと思う。


51〜52
朝鮮語の辞書や参考書を探した…(中略)…一九五六年のことである。…(中略)…旗田巍氏の『朝鮮史』(岩波書店)一冊だけが目についたと記憶に残っている。
 しばらくして、京都大学の書庫で朝鮮総督府刊の『朝鮮史』(大正九年)を見つけた。…(中略)…文字も変わっていて、語彙も、北朝鮮のものを読むのにそぐわなかった。

52
朝鮮高校の講師をして、日本語とロシア語を担当することになった。…(中略)…まだ一世の教員も多く、ネイティブ・スピーカーがたくさんいた。また、つてを頼って密航してきた青年を紹介してもらい、生きた朝鮮語を採集した。

56
青春時代を社会主義志向で送った


62
日本人は、朝鮮半島を侵略し、植民地支配をした。わたしたちは、いま、そのあとかたづけをしているのだ。わたしたちのあとかたづけは、ひとつは、大阪外大朝鮮語市民講座・猪飼野朝鮮図書資料室(七七年に小阪で発足、八〇年に鶴橋に移転)であり、いまひとつは、朝鮮語辞典の編纂である。そう信じていた。…(中略)…無理が重なって入院した。…(中略)…倒れた時が休息の時だった。


63
編集協力者として、はじめは、在日韓国人、在日朝鮮人を集めた。わずかなお礼で頼むことにした。お金がなかった。…(中略)…日本人には、つまり学生たちには謝礼はしない。できなかったのである。学生たちはボランティアでよくやってくれた。


72
『朝鮮語大辞典』(全三冊)が刊行されたのは一九八六年二月二十日であった。朝日新聞は次のように報道してくれた(八六年一月五日朝刊)。

┃朝鮮語大辞典23年かけ完成──23万語収録、300人協力
┃ …(中略)…出版は、角川書店(東京)の協力で実現した。…(中略)…
┃朝鮮語大辞典はソウルの印刷所で版に組み、日本で印刷した。図版は約千三百枚。
┃使用したハングル(朝鮮文字)や日本語など活字の量は約二十トン。B5版、約二千
┃九百ページで、角川書店と時事日本語研究者(ソウル)から発刊される。特別定価
┃は三万五千円。



78 朝鮮語学会事件 →148
話は一九二九年にさかのぼる。…(中略)…朝鮮語辞典の編集が決定された。…(中略)…朝鮮語には、確立した標準語と、統一された綴字(てつじ)法すらまだ定められていなかった。…(中略)…
だが、最悪の事態はせまっていた。日本官憲の圧力は日に日にはげしく、ついに朝鮮語と朝鮮文字を滅ぼそうとする弾圧が、あらゆる手段ではじめられた。一九四二年十月、日本への同化政策に違反したかどで、幹部と全編集員三十三人が異郷咸鏡南道のホンウォン(洪原)警察署に逮捕された。
人も原稿もホンウォンからハムフン(咸興)刑務所へと移された。そしてついに、ふたりの愛国者は獄中で、辞典の出版を夢みつつ息を引き取った。



87
字引きづくりは、結局、二十八歳から六十二歳まで三十四年も続いているのである。…(中略)…そうしてできた「辞典」ではあるが、韓国ではその海賊版が出た。
 海賊版について一言書き加えるが、三年程まえ、京都で日韓親善の学術交流会があった。夜は河原町で懇親会があった。十名ほどの韓国の学者と話していると「朝鮮語大辞典」を使っていると、誰かがいった。「辞典」を評価してくれた。しかしそれは海賊版であった。ひとりひとりの人にわたしが確認したが、五、六人の学者がみな海賊版を使っていた。酒が入っていることもあって、わたしは「韓国は八八年のソウル・オリンピックの時に近代国家に仲間入りするといって万国著作権協会に入ったのではないか。それが今も守られずに海賊版を使っているのはおかしいではないか。ことにこの「辞典」は韓国の言葉の辞典ではないか。それを外国人(わたしたちスタッフ)が苦労と犠牲を払いつくり上げたのに、あなた方は韓国人としてそれを認めようとする気はないのだ」と語気鋭く批判した。ひとりの若い助教授が答えた。「日本人は国を盗ったじゃないか。」わたしは大きな声を出した。「日本人は国を盗った。だからわたしは四十年、謝罪と新しい親善のためにすべてをかけてきた。あの『辞典』はその成果のひとつだ。あんた方もそれを認めなければ日韓親善なんて永遠にできないのではないか。」懇親会のムードはふっ飛んでしまった。
 日本では、大きすぎて高すぎて(五万円)あまり売れない。われわれの辞典を巧みに利用し、要領よく短い年月で小さく仕上げたものがよく売れているのだ。



3 日本人の朝鮮観と朝鮮人の日本観 
『世界』一九六六年三月号

91
三十六年の間日本人にすべてを奪われ、塗炭の苦しみをなめさせられた朝鮮人が、日本人に対する増悪の念をこめた語をつくりだしたのも当然といわねばなるまい。


95〜96
今第一線で活躍している高名な朝鮮語学者…(中略)…彼は日本の国語学や言語学を吸収しながら朝鮮後に「応用」しているのである。…(中略)…同時に彼が熱烈な「国語」純化運動者であり、日本語や漢字語排斥の最先端にあったことを思い浮かべた。


96
ある年配の学者は小学生のころ家で朝鮮語を使ったと告げ口されたため、日本人教師に殴られる破目になったと語った。


97
ハングル(朝鮮文字のこと。十五世紀につくられた)と漢字の混用であるが、政府では本年十月九日の「ハングルの日」を期して漢字の全廃を断行するそうだ。


103〜104
わたしは大学で言語学を専攻した。ことに日本人の起源の問題は、大学の一年の頃からわたしには解決しなければならない魅惑的な問題であった。…(中略)…朝鮮語と日本語とは、アルタイ語族に属する…(中略)…まずウラル・アルタイ語比較言語学をやるつもりだったのである。
 朝鮮語やはり始めて驚いた。…(中略)…朝鮮語の辞書なんてものは、五十年前に出た『朝鮮語辞典』(朝鮮総督府)が、出版された唯一のものなのである。


107
五十年間、辞書がないということは、単に語学の分野だけではなく、朝鮮学一般のひどい貧困をつたえてあまりあるのではないか。


108
日本の近代化は朝鮮侵略なくしてあり得なかったといわれる。…(中略)…日帝の支配下にあえぐ朝鮮民族


111
三千年の歴史を持つ朝鮮民族、歴史始まって以来つねに日本と緊密な関係にあった朝鮮民族


117
日本人である自分の中に、在日に対する強い差別感があることに、気がついた。


119〜120
わたしが、日朝協会の雑用係であって、朝高の講師をしていた頃と、大阪外大に朝鮮語学科ができて、韓国に行ったこと、そして韓国のことを、こんなに堂々と書いたことなどが、まず在日とわたしとの関係を、変えていった。「塚本はけしからぬ。韓国へ行った。われわれを裏切った。」きびしい言葉が聞こえてきた。…(中略)…朝鮮戦争(一九五〇〜五十三年)のあと三年しかたっていなかった。同じ民族が戦争をして、何百万人もが死んだ。厳しい姿勢は、当然と思えた。…(中略)…社会主義志向であったわたしは、北朝鮮の方に行きたかったのである。しかし、機会を得られず、韓国へ行くこととなった。
 韓国へ行ったことのために、在日朝鮮人団体との関係が、変わってしまった。「韓国へ行った好ましくない人物」というレッテルが貼られた。…(中略)…「あいつは韓国へスパイで行ったのだ」という噂も流れてきた。
 一方、在日の韓国人団体とも、関係がうまくなったわけではない。…(中略)…双方から、あいつは好ましくない人物と思われるようになった。


124
「差別だ」といって、牡蠣のように黙りこんではいけない…(中略)…差別を恐れるあまり、相手(在日)に対してぺこぺこして、相手を妙にもちあげて、相手が立派だ立派だ、といったりひれ伏したりするものである。これは、わたしは二十代に経験したことだが、わたし自身も何年かそんな時期があった。

125
わたしは差別(在日への)というものは、なかなか無くならないだろうと思っている。…(中略)…人間にとって根源的なものではないか、と考えるようになった。…(中略)…
 人間は民族をつくる。…(中略)…県民会…(中略)…同窓会…(中略)…グループをつくってきた。
 臓器移植…(中略)…人体に異物が移植されると手術がうまくいっても拒絶反応がおきる。

130〜131
在日と衝突したとき、「差別反作用」をよく感じたが、在日の側の民族エゴを感じることもあった。…(中略)…在日の側にも問題がある。


132
書き難いことではあるが…(中略)…殺人とか詐欺とか暴力団が暴れたとか…(中略)…もし在日が普通の日本人より多ければ、被害者は、在日をうらむであろうし、憎むだろう。そして、そこに新しい差別が生まれるだろう。



4 朝鮮を見つめる 
『世界』一九七二年十二月号

140
朝鮮語を学ぶためには、在日朝鮮人との交渉が、不可欠で…(中略)…「朝鮮問題」にふれた。最初のものは、教育援助費問題である(一九五六年頃)。朝鮮民主主義人民共和国政府が、在日朝鮮人の子弟に送ってきた教育援助費を、日本政府が、受け入れをおさえている、ということであった。
「どうして、日本政府は、そんな不当なことをするのだろう?」という、素朴な疑問が、私の朝鮮問題入門であった。



141
どうして朝鮮語の研究者になったのかと、悔恨にちかい感情をいだくこともある。


145
「わたくしの娘は、在日朝鮮人と結婚して、朝鮮民主主義人民共和国へ『帰国』した。…(中略)…「帰国」した日本人妻は、何千人かにのぼっただろう。…(中略)…マス・コミは、なぜ、取りあげなかったのだろうか。


148 →78
「朝鮮語学会事件」…(中略)…母国語である朝鮮語を、日本語にうばいさられる中で、日本官憲の弾圧にあいながらも、二十年をかけて、朝鮮の学者達が、朝鮮語の「大辞典」を編纂した話である。…(中略)…三十余名が投獄され(一九四二年)、二名が獄死したという事件である。


149
日本人が、多民族の言語を抹殺しようとして、頑強に抵抗した「愛国者」たちを殺した、という事実は「大辞典」の序文を読むまでは知り得なかった。




5 ある朝鮮の友人 
『図書』一九七一年九月号

171
S君は、わたしの朝鮮語の教師であった。…(中略)…彼は、教徒の朝高(朝鮮高級学校)の生徒であり…(中略)…小学校五年の時に、日本に来ました。


174
彼は、自分の生い立ちを、ぽつりほつり口にした。父は、土木労働者であった。オモニ(母)は、自殺したと言う。…(中略)…ふたりは、夜の更けるのも忘れ、ぐるぐる歩き廻り、論じた。


175
五つ違いの、日本人と朝鮮人の未熟なふたりの若者が、共に教え共に学んだその年月は、二年間ぐらいであったろうか。


177
一九五九年から、朝鮮民主主義人民共和国への帰国が始まった。…(中略)…S君も、帰国することになった。…(中略)…淡々として、その喜びを語り、「祖国」の未来を信じていると、述べた。…(中略)…実は、今までSと名乗っていたが、自分の本名は、Kである、と言いだした。密航してきたために、外国人登録証明書を買っていたのだという。…(中略)…あれほど、胸襟を開いてすべてを打ち明け、話したS君が、今まで、それを隠していたとは、やはり意外であった。…(中略)…考えてみると…(中略)…日本という異国で生活するための、厳しい自己防衛ではなかったか。


182
わたしの頭の中には、「韓国」は李承晩大統領統治下のひどい国というイメージしかなかった。それにS君以外にも、わたしは、何人もの密航者に出会っていた。それらの人が、圧政下にある韓国を脱出して日本に密航してきたのだと、だいたいは語ったと思う。…(中略)…北朝鮮が素晴らしく発展する社会主義国で(実際五〇年代、六〇年代の千里の駒運動の頃はそうであった)、韓国はその全く逆のアメリカの支配下の人民大衆がしいたげられているひどい国だという構図が、自然と、しかし、しっかりとはめこまれていた。



183 金思燁先生

金先生と接触するようになって、自然に、韓国という国が、朝鮮人団体がいっているのとは、違う…(中略)…というのが、すこしずつわかってきた。

184
高橋亨氏…(中略)…どういうわけか、話は全部、朝鮮語でされた。



6 朝鮮語はむずかしいか 
『朝鮮研究』一九六四年九・十月号

7 在日朝鮮人の言葉 
『朝鮮研究』一九六四年十二月号


200
日本人の多くが、彼らに接するのは、マスコミを通じての断片的な知識──それも好印象をあたえるような記事は少なく日帝時代からの差別感を増大させるようなものがほとんどである。いわく、金が強盗した、李が恐喝した、等々。私はいつも、その新聞、テレビをみてはこれがどうにかならないのだろうかと思う。在日朝鮮人問題について、マスコミは意識的に取りあげないようだし、問題となって時でも、結局は興味本位のインスタント食品のようなものに過ぎない。



あとがき

211
今もなおこの世界を描くのはさしつかえが多すぎる。…(中略)…それにしてもどうしてこんなに書きにくいのであろうか。口を封じているのは誰なのか。日本人か、在日朝鮮人か、あるいは大韓民国なのか、朝鮮民主主義人民共和国なのか。だれが圧力を加えているのだろうか。


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
引用は以上




145
※拉致問題について書いてないが北朝鮮が拉致を認めたのが2002年
 本は2001年の出版

149
※「朝鮮語学会事件」は言語弾圧ではなく学会の民族運動に対するもの
 だったと考えないのはなぜなのだろう
 どの国でも「治安維持法違反」的活動をしていれば投獄されるだろう


本書でも韓国語が日本語と似ていることには何度か触れている

日本人が統治するまでいわゆる「朝鮮語」はなかった
日本人がソウルで話されている言語に文法を当てはめ
現代韓国語をつくり上げ広めたのだから、似ていて当然だ

そういう事実を言語学者が知らないということがあるだろうか
それとも「日本人が朝鮮語に文法を与えた」事はなかったのだろうか



「北朝鮮は楽園で資本主義の韓国はダメな国」と思い込んでいたように
「日本はもっとダメな国」と刷り込まれているのだろうか

そう考える人は北朝鮮の実状が明らかになっても社会主義の嘘に気がついても
「ダメにしたのは日本の侵略のせい」と日本を一番悪く考えるのだろうか

わけがわからない




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