Entries

徐福は日本に来ていない

自民党が移民の大量受け入れを本格的に検討しているという
日本文化崩壊を危ぶむ声に対して識者は「古代日本も移民を受け入れて来た」という


ウソだ


日本語に中国語・韓国語の影響がないのが証拠だ


縄文時代も弥生時代も日本は豊かで人口も多かった
奈良時代に700万の人口に達するのに中韓からの移民は必要なかった
 →弥生時代の人口(1)
 →帰化人 1
 →たくさんの渡来人はありえない(日本語から)
 →少子化対策に移民


日本の学者は都合の悪い研究はしない
 →敬語の専門書がないこと


 * * *


古代中国は紀元前から歴史を書き残していて凄い
その中のひとつ、徐福伝説も史実だったと思う

徐福@Wikipedia
司馬遷の『史記』の巻百十八「淮南衝山列伝」によると、秦の始皇帝に、「東方の三神山に長生不老(不老不死)の霊薬がある」と具申し、始皇帝の命を受け、3,000人の童男童女(若い男女)と百工(多くの技術者)を従え、五穀の種を持って、東方に船出し、「平原広沢(広い平野と湿地)」を得て、王となり戻らなかったとの記述がある。


日本の学者は徐福が中国の進んだ文物を持って来たという
また「おかげさま」が好きな日本には各地に「徐福伝説」がある


しかし古代に中国からの大量移民があったなら
なぜ日本語に中国語の影響がないのだ?


江戸時代、そんなに多くのポルトガル人が来たわけでもないのに
ポルトガル語はしっかり残っている


中国人が3000人で渡来して王となったなら
その地域が中国語に置き換わっても不思議はない

というより置き換わっていなければオカシイ

南米はスペイン語に、オーストラリアとアメリカは英語に置き換わった
民族の入れ替えのないフィリピンでも英語が行き渡っている



本当に3000人で移住したなら言葉だけでなく痕跡も残すはずだ


台湾の別名は蓬莱という

だったら台湾に行ったのではないだろうか
実際、台湾には中国からの集団移住を思わせる出土品がある

RIMG0279全体s RIMG0279部分
八仙洞ビジターセンター パネル(2007.06.24)

台湾南部には軟玉の加工品が多く、長江流域とくに四川文化とのつながりを感じた


一方日本では三足器と同様にこういう中国風の軟玉加工は流行らなかった
そういえば台湾でも三足器はあまり見なかった
メキシコにはたくさんの三足器があるのに面白いことだ




.
関連記事
スポンサーサイト



この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://zaru3386.blog.fc2.com/tb.php/396-8a374c0f

トラックバック

コメント

[C113]

ttp://bbs.jinruisi.net/blog/2011/07/1014.html

歴史、言語、科学の多方面の見地から眺めると色々なことがわかる便利な世の中になりました。
  • 2018-09-22 20:47
  • 灯台守
  • URL
  • 編集

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

ざる

Author:ざる
ganko*k8.dion.ne.jp(*→@)
リンク・引用:フリー(連絡不要)
書籍やネットからの引用文は
緑色にしています。

アップ後1ヶ月以上経った記事の変更は追記にしますが、アップ後数日の記事はことわりなく修正する事が多いです。

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR