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そして日本語が生まれた

貝塚は海辺に住む縄文人が貝を交易品としていたのではないか。
塩分補給用の貝の干物が全国に流通していたのではないか。

と考えた。
貝塚について 3

貝の干物だけではない。
日本には縄文早期から各地に特産品があって相互に交易していたのではないか。

産地の限られる翡翠や黒曜石や宝貝が各地の遺跡から出土している。
貝の干物は残らないが産地で貝塚として残った。

実際は残らない交易品のほうが多かっただろう。
鯨や鮭や鹿や猪の燻製、酒、竹製品などなど。

技術を要する漆器や織物も商品として遠くに運ばれていただろう。

玉や織物は卑弥呼の時代に交易品になったのではなく縄文時代からそうだったのだろう。


 ※ ※ ※ ※ ※


そんなわけで交易するには共通言語が必要だ。
そういう言語をピジン言語という。
ピジン言語が発達するとクレオール言語になる。

 参考:ピジン言語@Wikipedia
    クレオール言語@Wikipedia


1万年以上の年月を経て、日本列島に日本語という公用語が出来上がった。

とはいえ江戸時代どころか近年まで方言が強くてひとつの言語とはいえない状態だった。
それはヨーロッパの諸言語をヨーロッパ語とひとくくりにしたようなものだと読んだ覚えがある。

庶民の会話としては成り立たなくても、武士や商人に上方語を使える人がいれば問題ない。
日本は識字率が高いので庶民でも筆談できただろうし。


 ※ ※ ※ ※ ※


なあ〜んか前にも書いたことがあるような気がして検索したら書いてた。
日本語はクレオールそのもの


まあいいや。




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