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注口土器という名の急須形土器



【ソーランソーラン】~正しい歴史を知る②~半島茶道流派


面白い!


しかし!!

5:32〜
>ところで、急須が発明されたのは大元時代とのこと。
>日本16世紀 イギリスには17世紀にそれぞれ伝わっています


ここがちょっとひっかかる。
大元時代とは元(1271〜1368年)のことだけれど
日本には縄文時代にすでに急須形の土器がある。

「注口土器」で画像検索


ところが、驚いたことにWikipediaの「急須」の項に注口土器の記述がない。
「注口土器」は項目すら無い。

まあ「急須」が茶道具に限定されるなら仕方ないのかもしれない。
→語源由来辞典>http://gogen-allguide.com/ki/kyuusu.html">急須
 http://gogen-allguide.com/ki/kyuusu.html


なので、Wikipediaの偏向にも不満はあるが、それよりも日本の学者に文句を言いたい。

「注口土器」というネーミングはなんですか。
「急須形土器」あるいは「銚子形土器」のほうがわかり易くないですか。



手元の「縄文土器の研究」(小林達雄 学生社 2002年)から数例スキャンした。

堀之内式注口土器 青梅市注口土器
亀ヶ岡式注口土器 加曽利B式注口土器

注口土器の中味については「発酵物質を含む水、あるいはアルコール分を含む果実酒のような液体ということも考えられる」(P146)と至極当たり前のことが書いてある。



「注口土器」というネーミングは論外だけれど「急須形」というより「銚子形」といったほうが適切なのかもしれない。

ただ、酒も入れただろうが乾燥した葉と湯をいれて葉の香りを楽しんだかもしれない。



なんといっても日本人は1万年以上前から土器で煮炊きをしていた。
葉っぱを茹でると茹で汁が美味しい。
葉っぱを乾燥させると更に美味しい。

そんな発見を経てこの土器でお茶を飲みはじめても不思議はないと思うのだがどうだろう。

まあこれは強引だ。茶樹は南方植物なのにこの形の土器は寒い東日本に多いという。
酒用の器なら急須形土器というより銚子形土器といったほうがふさわしいかもしれない。


 ※ ※ ※ ※ ※


一般的にお茶は奈良時代に中国から伝わったとされている。
空海や最澄が持ち帰った記録もあるという。
茶@Wikipedia

→伊藤園 http://ocha.tv/history/timeline/">茶関連歴史年表
 http://ocha.tv/history/timeline/



持ち帰った記録があるのだからその頃の日本に飲茶の習慣はなかったのだろう。


とはいえ茶樹は「熱帯及び亜熱帯気候で生育する常緑樹」だという。
チャノキ@Wikipedia
 >原産地は中国南部とされているが確かなことは分かっていない。
 >九州や四国に、在来(一説には、史前帰化植物)の山茶(ヤマチャ)が自生しているという
  報告があり、また、日本自生の在来系統を一般的に日本種という言い方をする[1]説がある。



黄河流域で茶の栽培は出来ないだろうから、日本が導入した仏教は呉の仏教であって魏の仏教ではなかった傍証にもなるかも。
てか日本にはインド僧が何人もいて、東大寺の開眼供養もインド僧が行っているのだから
仏教はインドから直接導入したといったほうが正しい。
仏教の来た道


 ※ ※ ※ ※ ※


話をもどして。
縄文時代にはたくさんの急須形土器があるのに弥生時代には作られなくなった。

面白いなあ。
縄文時代のペンダントや耳飾りもいつしかなくなった。
まあ明治以降、服装も髪型も変わったし、昭和に土葬から火葬に一気に変わった。



妄想だけれど、急須形土器の内側からアルコール分ではなく茶葉成分が抽出されたら・・・・
学者さんたち、お茶の起源は日本だと言わなくてはならなくなる。




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