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インディアスの破壊についての簡潔な報告

お茶会でアメリカ大陸におけるスペイン人侵略の非道について話した。
本棚に「インディアスの破壊についての簡潔な報告」が見つかったので読み返した。
本文170ページ足らずの薄い文庫本だ。

内容は、まあ酷い。同じ人間とは思えない。
うん、実際、同じ人間ではないのだろう。

「人間はみな同じ」とか「どの国にも残酷な人はいる」という意見もあろうがそうだろうか。
スペインに限らずヨーロッパは世界中を植民地にしてその地の文化を壊した。

日本人はそんなことしたこと無いよ?



ヨーロッパは地元のヨーロッパでも魔女狩りを行った。
ヨーロッパの残虐性は中国にもある。共に城壁を持つ文化だ。

こんな奴らが東京裁判したり南京がどうたらと。半島は慰安婦だって?


本を読み返してつくづく日本は環太平洋の一員だと感じる。
南北アメリカだけでなくオーストラリアやニュージーランドもね。


 ※ ※ ※ ※ ※


インディアスの破壊についての簡潔な報告
(ラス・カサス著 岩波文庫)
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インディアスが発見されたのは1492年のことである。その翌年、スペイン人キリスト教徒たちが植民に赴いた。‥‥‥彼らが植民するために最初に侵入したのはエスパニョーラ島(現在のハイチ、ドミニカ共和国のある島)で‥‥‥非常に豊かな島であった。(P17)

彼らは世界で最も謙虚で辛抱強く、また、温厚で口数の少ない人たちで、諍いや騒動を起こすこともなく、喧嘩や争いもしない。そればかりか、彼らは怨みや憎しみや復讐心すら抱かない。(P18)

島には約300万人のインディオが暮らしていたが、今では僅か200人ぐらいしか生き残っていないのである。(P19)

この40年間にキリスト教徒たちの暴虐的で極悪無慙な所業のために男女、子供あわせて1200万人以上のインディオが犠牲になったと言っても、真実間違いではないと思う。(P21)

彼らは、誰が一太刀で体を真二つに斬れるかとか、誰が一撃のもとに首を切り落とせるかとか、内蔵を破裂させることが出来るかとか言って賭けをした。彼らは母親から乳飲み子を奪い、その子の足をつかんで岩に頭を叩きつけたりした。(P26)



1509年、スペイン人たちはサン・フワン島(プエルト・リコ)とジャマイカ島へ侵入したが(その二つの島はまるで実り豊かな果樹園のような所で、そこには巣に群がる蜂のように大勢の人がひしめき合って暮らしていた)‥‥‥かつて60万人以上、いな、100万人を超える人が暮らしていたであろうが、今ではそれぞれ200人ぐらいしか生き残っていない。(P39)

1511年、スペイン人たちはキューバ島へ渡った。(P40)
村へ着くと、インディオたちは沢山の魚や食糧、それに、彼らが差し出せるものはすべてわれわれに与えてくれた。ところが、突然、悪魔がキリスト教徒たちに乗り移り、彼らは私の目の前で、何ひとつしかるべき動機も原因もないまま、われわれの前に座っていた男女、子供合わせて総勢約3000人以上のインディオを短剣で突き刺した。(P43)

1514年‥‥‥ティエラ・フィルメへ渡った。(P45)
インディオたちに金の在所を白状させ、差し出させようと数々の新しい虐待や拷問の方法を考えだした。‥‥‥剣で突き刺したり、生きたまま火あぶりにしたり、また、彼らに獰猛な犬をけしかけたり、そのほか様々な拷問を加えたりして苦しめ、結局、4万人ものインディをを殺してしまったのである。(P46)
私の判断しうる限りでは、彼らが当時この王国で略奪した金の総量は100万カステリャーノ以上にのぼったであろう。しかし、その数字ですら、彼らが実際に略奪した量よりはるかに少ないと思う。そのうち王国へ送られたのは僅か3000カステリャーノにすぎない。(P49)


1522年か23年、今述べた無法者はニカラグアという非常に豊穣な地方の征服に向かい、またしても嘆かわしいことに、そこへ侵入した。
この地方の素晴らしさ、住民の健やかさと親切心、それに、多くの住民が、密集して暮らしているその繁栄ぶりについて十分言いつくせる人はいないであろう。(P53)
スペイン人たちはインディオたちに重さ3アローバの荷物を背負わせ、それを置き捨てにできないよう彼らを鎖につないだ。彼らはこのようなことを何度も行い、ある時など、4000人のインディオのうち生きて家に帰れたのは僅か6人足らずということもあった。そのほかのインディオたちはみな途中で死んでしまったのである。大きな重い荷物を担がされたため、疲れてへとへとになったり、空腹とその過酷な労働、それに、生来のひ弱さのために病気になったりするインディオが数人いた。その時、スペイン人たちはいちいち鎖を外すのが面倒なので、インディオたちの首枷の辺りを剣で斬りつけた。すると、首と胴体はそれぞれ別の方向へころげ落ちた。さて、その光景を目のあたりに見たほかのインディオたちがどのような思いをしたか、想像していただきたい。(P54)


1518年4月18日にヌエバ・エスパーニャに侵入してから1530年にいたる12年間ずっと、スペイン人たちはメキシコの町とその周縁部で、つまり、スペインと同じぐらい大きくまた、それ以上に豊穣な王国が4つも5つもあった広さ約450レグワの領土で血なまぐさい残忍な手と剣とでたえず殺戮と破壊を行った。(P60)
このようにして、スペイン人たちは、彼らが征服と呼んでいたことを行いつづけた。征服とは残忍な無法者たちが行う暴力による侵略のことであり、それは神の法のみならず、あらゆる人定の法にも背馳し、トルコ人がキリスト教の教会を破壊するのに等しいか、あるいは、それ以上にひどい行為である。(P61)




その無法者はいつも次のような手口を用いた。村や地方へ戦いをしかけに行く時、彼は、既にスペイン人たちに降伏していたインディオたちをできるだけ大勢連れて行き、彼らを他のインディオたちと戦わせた。彼はだいたい1万人か2万人のインディオを連れて行ったが、彼らには食事を与えなかった。その代わり、彼はそのインディオたちに、彼らが捕らえたインディオたちを食べるのを許していた。そういうわけで、彼の陣営の中には人肉を売る店が現れ、そこでは彼の立ち会いのもとで子供が殺され、焼かれ、また、男が手足を切断されて殺された。人体の中で最も美味とされるのが手足であったからである。(P81)



ユカタン王国はこのうえなく素晴らしい気候の土地で、そこには食物や果物がふんだんにあり、しかも、それはメキシコよりもはるかに豊富であった。(P90)
ある日、ひとりのスペイン人が数匹の犬を連れて鹿か兎を狩りに出かけた。しかし、獲物が見つからず、彼はさぞかし犬が腹を空かしているだろうと思い、母親から幼児を奪ってその腕と足を短刀でずたずたに切り、犬に分け与えた。犬がそれを食いつくすと、さらに彼はその小さな胴体を投げ与えた。(P93)



サンタ・マルタ地方は、インディオたちが莫大な金を所有していたところである。‥‥‥インディオたちを襲い、殺害し、金を奪った。‥‥‥残虐非道の限りをつくした。(P101)



1526年、我らの君主国王陛下は、ドイツの商人たちと契約と協約あるいは、条約を交わし、スペインよりはるかに大きなベネスエラ王国の全面的な統治権と司法権を彼らに譲与した‥‥‥ドイツ人たちはこれまで述べたどの無法者とも比較できないほど残酷に、また、残忍きわまりない虎や猛り狂った狼や獅子を凌ぐほどの無道ぶりと凶暴ぶりとを発揮して、その地方を侵略した。(P122)




スペイン人たちはインディオたちから金を強奪したのち、彼らを大きな家に閉じ込めた。蟻の這い出る隙間もないぐらい大勢のインディオを家の中へ入れると、彼らはその家に火をつけ、全員を焼き殺した。しかし、インディオたちが彼らに抵抗したことは一度もなかったし、また、インディオたちがそのような憂き目に会う理由も全然なかった。(P145〜6)
スペイン人たちが手当たり次第にただ気紛れからインディオたちの男や女の手と鼻と耳を削ぎ落としているのを目の前で見た。また、私はスペイン人たちが数匹の犬をけしかけてインディオたちをずたずたにさせようとしているのを見たし‥‥‥乳飲み子たちの腕をつかんで力一杯遠くへ投げたり、そのほか、何の目的もなく、様々な暴行や残忍な行為を働いたりしたのも事実であり、私はそれを目の当たりに見て唖然とした。(P146)




ヌエバ・グラナーダ王国‥‥‥は平和で、インディオたちはよくスペイン人たちに仕え、いつも精魂込めて働き、彼らに食糧を提供していた。インディオたちはスペイン人たちのために土地を耕し、畑をつくり、そのうえ、多くの金やエメラルドなどの宝石、それに、そのほかあるだけのものを差し出した。村や領主や住民はことごとくスペイン人たちの間で分配され(これはスペイン人たちが彼らの最終目的である金を手に入れるための手段として、例外なく要求していることである)、これまでと同じように、虐待され、奴隷の境遇へ追いやられた。(P151〜2)

ヌエバ・グラナーダ王国はこの世でもっとも人口の稠密な所であった。しかし、無法者たちはそこを発見して2、3年もすると、無慈悲にも、また、神と国王を畏れることなく、王国の人々をことごとく殺害し、王国を荒廃させてしまった。(P160)



スペイン人たちはインディオたちを殺し、八つ裂きにするために獰猛で凶暴な犬を仕込み、飼いならしていた。真のキリスト教徒である人びと、また、そうでない人も、彼らがその犬の餌として大勢のインディオを鎖に繋いで道中連れて歩いたという事実を知っていただきたい。おそらく、そのような行為をこれまでに耳にしたことはないであろう。インディオたちはまるで豚の群れと変わらなかった。スペイン人たちはインディオたちを殺し、その肉を公然と売っていた。「申し訳ないが、拙者が別の奴を殺すまで、どれでもいいからその辺の奴の四半分ほど貸してくれ。犬に食べさせてやりたいのだ」と、まるで豚か羊の肉の四半分を貸し借りするように、彼らは話し合っていた。別のスペイン人たちは、朝、犬を連れて狩りに出かけ、昼食を取りに戻り、そこで互いに狩りの成果を尋ね合う。すると、ある者は「上々だ。拙者の犬は15人か20人ぐらい奴らを食い殺したよ」と答えていた。(P163)

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以上、引用は漢数字をアラビア数字に置き換えた
アローバは重量の単位で約11キロ
カステリャーノ(カステジャーノ(castellano))は1/50金マルク
http://blog.livedoor.jp/yuki_desde1981/archives/12531632.html


なーにが「トルコ人がキリスト教の教会を破壊するのに等しい」だ。
ヨーロピアンというのかキリスト教徒というのか、こういうのはパラノイアっぽい。





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