Entries

邪馬台国太宰府説の検証1

邪馬台国が畿内でないと困る人達がいる。
畿内説で生計を立ててきた学者たちだ。
根拠あるソースを知らないが9割方の学者が畿内説だという。


しかしアマチュアには九州説が多い。
学者が畿内説に誘導しようとしてもアマチュアが騙されないからだ。

実際、邪馬台国はヤマトコクであり7世紀まで九州太宰府にあった。


Wikipediaを見ていたら「九州説の弱点」が7つ挙げられていた。
邪馬台国@Wikipedia>邪馬台国九州説

ひとつづつ検証していく。



九州説の弱点1
------------------------------------------------------------
12,000里の残り1,500里では邪馬台国の位置は九州地方を出ないとする説は当時の中国で実際用いられていた度量衡と矛盾するばかりでなく、逆に当時の中国の度量衡に照らせば1,500里は北部九州から畿内までの距離に近いこと
------------------------------------------------------------

三国志65巻のうちの魏書30巻の最後、巻30の烏丸鮮卑東夷傳の最後に記された倭人伝に2種類の度量衡が使われているという畿内説こそ詭弁であろう。
2種類の度量衡を同一行程に使っている例が他にあると聞いたこともない。

さらに、狗邪韓国から伊都国までの行程の詳細を述べているのに伊都国から畿内までの記述がないのは邪馬台国が畿内ではないからに他ならない。




随分前に作った行程図だ。

邪馬台国までの行程
邪馬台国行程B

■帯方郡から伊都国10500里の内訳

・帯方郡〜海路〜狗邪韓国  7000余里
・狗邪韓国〜海路〜対馬国  1000余里
・対馬国〜海路〜一大国   1000余里
・一大国〜海路〜末廬国   1000余里
・末廬国〜陸路〜伊都国   500里

狗邪韓国は邪馬台国の北岸なのだから既に邪馬台国の版図ではあるが
目的地は邪馬台国の都である太宰府だ。

帯方郡からの外洋船が停泊する港が伊都国であり郡使の駐在所でもある。

伊都国で外洋船の荷を検査し小舟に移し、太宰府に向けて御笠川を上る。
距離にして10kmほどである。
郡使の駐在所である伊都国に到着したことは邪馬台国の中心に到着したことと等しい。

帯方郡から伊都国までの合計は10500里なので邪馬台国までの12000里から1500里余ってしまうが、1500里は数字の12357を多用することによる誤差の範囲と考えている。


※Wikipediaは時々書き換えられるので2015年4月16日のデータを保存した。



.
関連記事
スポンサーサイト



この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://zaru3386.blog.fc2.com/tb.php/345-d7ec55af

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

ざる

Author:ざる
ganko*k8.dion.ne.jp(*→@)
リンク・引用:フリー(連絡不要)
書籍やネットからの引用文は
緑色にしています。

アップ後1ヶ月以上経った記事の変更は追記にしますが、アップ後数日の記事はことわりなく修正する事が多いです。

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR