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金印 1

ニートな2ちゃんねらー日記
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コメント欄に書こうと思ったのだけれど、ややトンデモなので自分のブログでw

 * * * * *

日本と中国を擬人化して古代から現代までの両国の関係を解説している。

>6:
>日本「ふふふ、兄貴がアホで助かったわ」


日本人はこういうメンタルじゃないと思うのは置いておいて。
金印について書かれている。卑弥呼の金印だ。

>・紀元239年 卑弥呼が魏に対して朝貢を行い「親魏倭王」の封号と金印を送られる。
魏の国力と技術力をバックに邪馬台国は勢力を拡大し、日本の主要地域を支配するに至る


しかしそうだろうか。
うp主は邪馬台国が何処にあったと思っているのだろうか。

 * * * * *

私は邪馬台国は九州太宰府にあったと考えている。
そして南の狗奴国(熊本県菊池)と戦っていた。

中国に近く、鉄の採れる半島を支配していた邪馬台国(大和国)は、日本で最も活気のある国ではあったが、南の狗奴国も畿内も出雲も瀬戸内、東海、東北に至るまで、日本列島全域に弥生文化が広がっていた。

そのことは遺跡の分布から明らかだ。

 * * * * *

さて、金印について。


古代中国が金印を授けた国印綬@Wikipedia

・前109年 滇王
・57年   委奴国王
・133年  南匈奴骨都侯夫沈
・229年  大月氏
・239年  倭女王卑弥呼

見ての通り分かっている5回のうち2回が倭国にあてられている。

私見では、奴国は博多湾から太宰府に至る邪馬台国の中心であるから2回とも太宰府の倭国だ。
 →邪馬台国までの行程


だったら邪馬台国は滇国や大月氏国と同じかそれ以上の国だったのではないか。



話は戻るが弥生時代、日本列島には邪馬台国に遜色ない国が幾つもあった。
どーゆーことよ?

日本列島には滇国や大月氏国クラスの国があちこちにあったということでしょ。



そう考えている。
学者にとって都合が悪いことに弥生時代の日本は世界の先進国だったのかもしれない。
何千年も土器とか漆とか巨大木造建築を建てている縄文人の末裔なのだから。
 →「縄文人≠弥生人」と思う人へ

そう考えれば聖徳太子が隋の煬帝と対等に接したのも、それに対して煬帝が怒って絶交したわけでもないのも頷ける。

・・・こういう歴史観があってもいいんではないだろうか。
てか間違っているなら教えて欲しい。




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