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インド 04b(2005.02.09)マハーバリプラム→ポンディシュリー

4日目b(旅行日程表
07:30 マハーバリプラム
     海岸寺院 5つの寺院

     アルジュナの苦行 周辺
     ピダーリ・ラタ 周辺
13:30 ホテルで休憩 散歩
18:00 マハーバリプラム → ポンディシュリー
20:30 ホテルチェックイン
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以下、緑文字は「南インドの建築入門」(佐藤正彦著)
       「古代インド建築史紀行」(小寺武久著)より要旨を引用


アルジュナの苦行 周辺
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アルジュナの苦行のレリーフの左の石窟に入った。
日本やインドネシアバリ島の胎内巡りのような感覚を持った。
強引に日本と結びつけようとしているなら拙いが、事実なのだから仕方ない。


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苦行のレリーフからクリシュナのバター・ボールを経てピダーリ・ラタへ向かう。
ミャンマーにはバター・ボールと似たゴールデンロックがある。(@画像検索


ピダーリ・ラタ 周辺
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途中の村を通ってここまで来る観光客は、この時は私だけだった。
平地なので明るい雰囲気で、ヤギ飼いもいて、印象深かった。
すぐ近くの岩にノミの跡があった。時代は分からないが見慣れた形だ。
とりあえず写真に収めた。



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マハーバリプラム中心部に戻って、観光場所ではない町の寺院。

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いたるところにある石碑は道祖神、馬頭観音、地蔵菩薩と同じだと思う。

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ホテルで休んだ後、また海岸寺院に来た。
チケットは一回きりなので中には入らずフェンス越しに寺院を眺める。

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海岸寺院周辺。
三叉にライムを刺した形を何度か見た。

2004年12月26日、スマトラ島沖地震があった。
わずか2ヶ月半後の旅行は躊躇もしたが旅先でお金を使うのは悪いことではないと自分に言い聞かせた。

とはいえ、一番被害が大きかった南端のコモリン岬は避けてしまった。
マハーバリプラムも被害が大きかったので身構えていたのだが、海岸はきれいだった。
旅行中、唯一ここでだけ募金を求められたのだが、フェンスの外の入り口から遠く離れた場所での募金は胡散臭く思えて応じられなかった。

それにしても、唯一ここで、一回きりしか義援金を募る人に会わなかった。


 * * * * *

次の目的地チタムバラムに移動するためホテルに戻る。
単三電池の充電がまだ途中だったのでTVをつけるとサッカー日本☓北朝鮮をリアルタイムでやっている。1:0で勝っていたのに1:1のドローとなった。なんでだよ。つい見入ってしまった結果「2:1で勝ったが、日本のほうがずっとうまいのになぜ点が入らないのだろう」とメモにある。

サッカーで遅くなってしまった。急ぎチェックアウトしてバスターミナルへ。
チタムバラムへはバスで4時間かかるので途中のポンディシュリーに泊まることにする。

夜8時、ポンディシュリーに着いて宿を探すが地球の歩き方にある2軒は満室だった。
フロントの人が電話してくれるが500RS前後の宿は無いという。
高い宿と安い宿ならあるというので130RS(1RS ≒ 2.6円)の安宿を紹介してもらう。

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チェックイン後、安心して近くのレストランで夕食。60RS。

宿の写真がないのが残念だ。
清潔だったが廊下と部屋の間の窓のガラスが割れて段ボールで塞いであった。
横になってカラカラ回る扇風機を眺めていると宿の部屋からなのか近所の家からなのか唄声が聞こえてくる。

 おどりおぉ〜どぉ〜るなぁああぁら
 ちょいっと東京ぉ音頭、ぁヨイヨイ。アハハははは。

数人の男女混じっての楽しそうなお囃子だ。
もちろん東京音頭のはずはないが、そういう盆踊りのような音韻で、みんなで輪になってワイワイ楽しんでいる感じだった。合いの手も日本で聞き慣れた間の手と同じだった。
今だったら携帯とかipadで録音するのだが、2005年にそんな用意はなかった。

部屋のガラスが割れていても全く不安を感じず、唄を聞きながら就寝。




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