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インド 04a(2005.02.09)マハーバリプラム

4日目a(旅行日程表
07:30 マハーバリプラム
     海岸寺院 5つの寺院
     アルジュナの苦行 クリシュナのバター・ボール
     ピダーリ・ラタ
13:30 ホテルで休憩 散歩
18:00 マハーバリプラム → ポンディシュリー
20:30 ホテルチェックイン

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以下、緑文字は「南インドの建築入門」(佐藤正彦著)
       「古代インド建築史紀行」(小寺武久著)より要旨を引用

マハーバリプラムの石窟寺院や彫刻は7世紀半ばから9世紀までに作られてたものである。

マハーバリプラムは1世紀にギリシャの地理学者プトレミーが既にマハーバリプラムと称していたらしい。ローマの貨幣や陶器が発見されている。


法隆寺のエンタシスはここを経由して来たのかもしれない。(エンタシス@Wikipedia


海岸寺院
カンチープラムのカイラーサナータ寺院と同じ様式
1940年ごろまで砂中に埋まっていたが整備され、防波堤も作られた。

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左:横たわるヴィシュヌ神
右:半分壊されたシヴァ・リンガ
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波による侵食が激しい
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5つの寺院
一枚岩から造り出された五棟の寺院は異なった様式であり、南インド初期の遺構である。
古代の職人が建築見本として作品を並べたのではないかという説を読んだ記憶がある。
>これらの祠堂は、外観が優先されていて、内部は未完成の部分も多い。全体として一つの伽藍を形成しているものではなく、石造寺院建築の見本陳列の観を呈している。石工たちのデモンストレーションなのだろうか。<「古代インド建築史紀行」P142要旨


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左:海岸寺院と5つの寺院の間には石工の店が並ぶ通りがあった。

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