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【拉致問題】後漢書鮮卑伝 2

つづき


反論6a(要旨)
『山海経』に「蓋国は〈金巨〉燕の南、倭の北にあり。倭は燕に属す」とある。
この「倭」は朝鮮半島北部ではないか?

E688A6E59BBDE69982E4BBA328E7B480E58583E5898D350E5B9B4E9A08329E58C97E696B9E59CB0E59BB3.png(燕@wikipediaより)

一般的には「蓋国在鉅燕南倭北。倭属燕。」倭は燕の属国と解釈されているが
自国を過小評価する学会の悪しき弊害だ。

「蓋国在鉅燕南倭北倭。属燕。」が正しい。
蓋国の所在地を説明する一節に倭がどの国の属国かなど書くはずが無い。

「蓋は燕の南、倭の北にある。燕に属す」であり、半島北部が蓋、半島南部が倭に当る。
当時、倭人は日本列島だけでなく半島南部にも住んでいた。
東夷伝の「倭は半島で鉄を採る」とも合致する。





反論6b(要旨)
倭人は渤海湾沿岸部~遼河支流域から日本列島に移動したと考えている。

東夷伝は全ての東夷の支配階級の出自を書いている。
記述の少ない東沃沮伝や「シ歳」伝でも周辺国との従属関係を明らかにしている。
山海経や後漢書烏桓鮮卑列伝にある倭が大陸から日本列島に移ったのであれば、それを魏が知らない訳が無く、史書に書かない訳が無い。

倭人伝で卑弥呼擁立の経緯を説明しながら倭人が列島外から移った民だと書いてないのは、もとから日本列島に住む民だからだ。

※「倭の風俗が会稽に似ている」のは文字通り似ているのであって出自とは関係ない。


つづく



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