Entries

南回りの製鉄技法

うろ覚えなのだが。
南の島で男たちが昔ながらの簡易製鉄をする記録を読んだことがある。
ずいぶん簡単に作れるんだなあと思った。

それがいくら探しても出てこない・・・。

代わりにいくつかの興味深いことを知った。



その1:
フィリピンの歴史@wikipedia
>原始マレー人は製鉄と灌漑の技術を持っていた<


その2:
http://akanekopn.web.fc2.com/yama/tisitu/tisitu02.html">古代の菱は鉄の里 〜地名から菱の語源と歴史を探る〜
http://akanekopn.web.fc2.com/yama/tisitu/tisitu02.html
>「ヒシ・ヘシの語が南方系海洋民の鉄・鉄斧を意味する語である」と述べている。つまり、ヒシ・ヘシの語は、マレー半島からフィリピン、台湾、琉球弧を通って群馬の地まで、鉄生産の技術とともに伝播されてきたことになる。<


その3:鈴木峻氏の論文
http://www7.plala.or.jp/seareview/sub1.html#2010%81|7%81|6">⇒ケダの歴史は古く紀元前後にまで遡るー製鉄遺跡の発見(2010−7−6)
http://www7.plala.or.jp/seareview/sub1.html#2010%81|7%81|6
>古代東西貿易のマレー半島の貿易港のひとつと考えられているケダー州
…(中略)…
ケダは西暦の初めごろからインド人が出入りし、地元の鉄鉱石を使いかなり本格的な製鉄を行っていたという遺跡が最近発見され、ブジャン渓谷で鉄骨構造の屋根をかけて発掘作業が2009年の初めから行われ、2010年7月5~7日にかけてクアラ・ルンプールで研究発表会が行われている。
<


 * * * * *


鹿島が『砂鉄』の産地で
葦から『スズ鉄』が採れ
東北に『餅鉄』がある。

鉄製の『蕨手刀』は『日本刀』のルーツかもしれない。

縄文時代から『石剣・石刀』がある。見本は『蕨手刀』(@画像検索)とか。
・・・あり得ないというのが常識。
・・・まあ縄文中期とかはあり得ないと思うしかない。


しかし尾崎前山遺跡製鉄炉跡の紀元前170年はどうだろう。
そのころ製鉄技術がマレー半島まで来ていたなら日本まであと少しだ。

技術者集団が来なくても鉄を見れば、工夫して作れるんじゃないか。
餅鉄があるのだから。

なんたって漆を作り、勾玉をつくる人たちだ。ガラスも出ている。



希望的解釈で常識が遠のいていく。



巨大建物や水場遺構の板も鉄器があれば捗る。
丸木舟もだ。




.
関連記事
スポンサーサイト



この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://zaru3386.blog.fc2.com/tb.php/274-8e12015d

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

ざる

Author:ざる
ganko*k8.dion.ne.jp(*→@)
リンク・引用:フリー(連絡不要)
書籍やネットからの引用文は
緑色にしています。

アップ後1ヶ月以上経った記事の変更は追記にしますが、アップ後数日の記事はことわりなく修正する事が多いです。

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR