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縄文の石刀と蕨手刀

東日本を中心に縄文時代の石刀・石剣がある。

石剣R0021081 石剣R0022496
左:千葉市埋蔵文化財調査センター 右:茨城県立歴史館

『石剣』@wikipedia
>縄文時代中期頃から登場するようになった石棒(男性器をかたどったものだが、縄文後期になるとこうした形状の物は減る)の加工技術から石剣・石刀の類が造られるようになる。
…(中略)… 大陸の光り輝く青銅剣を観て模したものとみている。
<


石刀・石剣はどの博物館・資料館にもあって、珍しいものではない。
石刀・石剣が中国の「光り輝く青銅剣」を真似て作ったものならば、オリジナルがひとつも出土しないのはなぜなのだろう。

というか青銅器と鉄は弥生時代に日本に伝わったのではなかったか?

石刀を作るのと鉄刀を作るのでは技術的にどちらが難しいんだ?


 * * * * *


2011年、千葉・茨城の旅の準備で鹿島が『砂鉄』の産地だと知った。
藤原氏(中臣氏)と鹿島の関係も知った。


葦から『スズ鉄』が採れることや東北に『餅鉄』があることも知った。




QUALITY OF LIFE NETWORK 資料館
大墓公阿弖流為(アテルイ)関係の文献
http://www.ichinoseki.ac.jp/satok/SATOK/idea/book2/t102.html
>◎新沼鐵夫著、蝦夷によって継承された鉄器文化東北の歴史と文化 岩手史学会編(論文集 63ページー97)
蕨手刀は、5世紀末に既に製造。789年の紀古佐美軍と戦った阿弖流為が使用。
・700年文武天皇の製鉄禁止例「東辺北辺に鉄冶を置く事得じ」
・蝦夷=エミシ? 森嘉兵衛は否定、最近は江刺C式発掘により肯定説。
・鉄を造るための原料・・・磁鉄鉱、赤鉄鉱、褐鉄鉱、砂鉄の4種類。破砕を必要としない「餅鉄」。粒状の磁鉄鉱。岩手は以上の4種が豊富に存在していた。青森県は砂鉄は全国一。岩手県釜石付近の餅鉄は純度が高く、古代東北地方で蝦夷が使用した鉄資源。
<



そうだ。東北は蝦夷の首領「アテルイ」が「蕨手刀」を武器に大和朝廷に最後まで抵抗した土地だった。



蕨手刀』@wikipedia
>日本の鉄製の刀。制作年代は6~8世紀頃。
日本全国で200点以上が確認されている。ほとんどが古墳や遺跡からの出土である。 発見場所の分布は北海道・東北地方が多く特に岩手県からの出土が70点以上と極めて多い。 甲信越地方にも例が見られ、四国九州にも若干存在する。 なお、正倉院にも蕨手刀が保存されている。
<



そして蕨手刀が日本刀のルーツだという。(蕨手刀 日本刀@Google)



さらにhttp://blogs.yahoo.co.jp/sen_ninn0/29775622.html">sen_nin氏のブログ「古代関東王国(その3)
http://blogs.yahoo.co.jp/sen_ninn0/29775622.html
>…茨城県結城郡八千代町の尾崎前山遺跡…(中略)…の放射性炭素 (C14)測定法での分析の結果、紀元前170の数値が出たと云う。<


このことは「鉄と葦」で紹介した。



鉄R0023878

だから勿論、旅では尾崎前山遺跡ヘ行った。
が、タテカンに紀元前とは書いてない。
というか、見学前に寄った八千代町歴史民俗資料館の方が放射性炭素で紀元前の数値が出たことを知らなかった。

いろいろ謎だ。




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