Entries

武寧王陵

前回、半島の遺跡総数が405カ所(1995年)と書きました。
早乙女雅博氏の著書「朝鮮半島の考古学」からの引用です。
日本の学者の著書だから半島の遺跡を少なめに書いていると思ったら大間違いです。

同書が「武寧王陵」をどう扱っているか見てください。
著者の早乙女雅博氏は東京大学文学部・大学院人文社会系研究科の教授です。



武寧王陵はWikipedia【武寧王】にあるように、1971年に発見された王陵です。
武寧王は人質として日本に送られた百済の昆伎王の子として佐賀で生まれたと日本書紀に書いてあります。発見された墓誌と日本書紀の記述から被葬者が武寧王だと特定されました。
また、王の棺は日本産のコウヤマキで作られ、日本独自の勾玉も出土しています。

副葬品については井上氏のサイトに詳しいです。(画像をリンクさせました。)
勾玉をあしらった耳飾り
勾玉の首飾り
金飾付の大きな勾玉2点

コウヤマキと勾玉だけでなく、日本の古墳と共通した副葬品が多いです。
井上氏のサイトから引用させていただきます。

<耳飾>・・・これと比較できる耳飾は、慶州の金鈴塚と日本・熊本県の江田船山古墳
    出土したことがある。

<頭枕と足座>・・・亀甲文と金花で装飾…(中略)…この花紋は、山口県塔ノ尾古墳、奈良県
    出土の金銅沓
にもあるので、大刀装具と同じように日本出土品と緊密な関係がある。

<環頭太刀>・・・六世紀後半の藤ノ木古墳の鞍金具…(中略)…両者はよく似た施紋方である。
    武寧王陵のほか、六世紀の大刀装具の亀甲紋が百済、伽耶、日本に多い





早乙女雅博氏の世界の考古学10 
朝鮮半島の考古学(早乙女雅博/同成社/2000年)では「武寧王陵」について
P159〜163で説明していますが武寧王が日本で生まれたことも、棺が日本産のコウヤマキであることも、勾玉が副葬されていたことも書いてありません。

古墳が武寧王のものと特定されたのは墓誌と日本書紀の記述が一致したからですが
「日本書紀」という言葉すらありません。

「日本」という単語は以下の1カ所のみです。

>3 武寧王陵
…王の遺骸は木製枕と木製足座の上に置かれ、金製冠飾・金製三足[竹冠+朁]・金製耳飾り・首飾り・銀製帯飾・金銀製腰佩・単龍文環太刀・金銅張飾履を身につけ、頭のところに薄肉刻七乳獣帯鏡、足のところに人物半肉刻方格規矩四神鏡を副葬した。王妃の遺骸も木製枕と木製足座の上に置かれ、金製冠飾・金製耳飾・龍文金釧・金釧・金銅装刀子・金銅製飾履を身につけ、頭のところに銅托金盞・銅碗・銅鉢・細線式七乳獣帯鏡、足のところに銅製熨斗が副葬されていた。棺台手前の一段低い空間には、四耳盤口壺・銅箸・銅盞・琴金具などが置かれている。王と王妃が身につけた装身具以外はほとんど中国南朝の製作によるものである。このうち薄肉刻七乳獣帯鏡は、日本の群馬県観音寺山古墳出土の鏡に同型鏡がみられる。…
<

これだけ詳細な副葬品情報を書きながら「勾玉」と書かないのはなぜでしょう。
「周書」「三国史記」からの引用はしても「日本書紀」を無視しているのはなぜでしょう。

これが国立東京大学の教授が日本人向けに日本語で書いている考古学の本です。

この傾向は早乙女氏に限りません。
こういうことに気づくまで、素人の私はかなり遠回りさせられました。



「報道しないこと、これがマスコミ最強の力だよ」
と何かの漫画にあると教えてもらいました。

考古学界も同じです。
嘘は書かないですが、なぜか事実も書きません。
ふざけた話です。




.
関連記事
スポンサーサイト



この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://zaru3386.blog.fc2.com/tb.php/27-574e484d

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

ざる

Author:ざる
ganko*k8.dion.ne.jp(*→@)
リンク・引用:フリー(連絡不要)
書籍やネットからの引用文は
緑色にしています。

アップ後1ヶ月以上経った記事の変更は追記にしますが、アップ後数日の記事はことわりなく修正する事が多いです。

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR