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城壁をもつ文化 2

体力のある男が山越えしただけでは民族移動にはならない。
数千年前に陸の船「馬車」が発明されて初めて女子供・家畜・家財を伴って山を越える民族移動が可能になった。

そうして馬車が発明されたコーカサスの一つの民族が東西に移住した。

パミール高原や天山山脈を越えて西に向かった一族は中原の海洋性先住民を南北に押しやって、城壁で身を守りながらいくつもの王朝を作った。



西に比べれば東に向かうのは容易かったと思う。
彼らはヨーロッパでも城壁を作り先住民と混ざりながら暮らした。

西では常に先住民の上に立った彼らだがヨーロッバではローマ文明を取り入れた。(取り込まれた?)





西といっても黄河流域が中心で、長江流域の海洋性先住民(三星堆や蚩尤)は手強かった。

「ヨーロッパのローマ文明」に当る「アジアのインド文明」はヒマラヤ山脈に遮られていたため、やや遅れて仏教を取り入れはしたが儒教中心の社会だった。

漢字も長江流域が発祥だといわれているが・・・
【2ch】「山海経」「捜神記」「三星堆文明」中国の古代文明




・・・どうしても話が脱線してしまう。




ヨーロッパの先住民はどういう人たちだっただろう。
定説は無いようだ。


例えばインドネシア1国に数百の民族がいるのだからヨーロッパにたくさんの民族がモザイク状に混在していて当然だ。




今年6月から7月にかけて、イギリスを旅をした。
驚いたことにイギリスの石器時代の土器は日本や東南アジアの土器と似ていた。

そういえば環状列石をはじめとする巨石文化は世界中にあって、偶然の一致とは思えないほど良く似ている。



だったらヨーロッパにモザイク状に混在していたたくさんの民族はアジア人と同じ海洋民族だったのではないだろうか。

ロマンだ・・・。




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