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武器の少ない社会

縄文時代は日本列島で1万年以上続いた新石器時代です。

時代を追って変化に富み、地域ごとの特徴もあるので
縄文時代とひとつに括るのは不適切という意見があります。

中国の古代文化が細かく分類されている
ようにあるべきではないかというのです。
賛成です。


縄文時代の大きな特徴は武器がないことです。
動物を狩るための弓矢や鎗はありましたが、人を殺すための武器はないのです。


ただし、四国の居徳遺跡は縄文末期ですが戦闘の痕跡があります。
縄文末期とはいっても、弥生時代の開始が遡りつつあることや
弥生時代の特徴である金属器を使用していることから居徳は弥生に突入していた
いう意見もあります。
実際、居徳遺跡の漆器は日本より江南の漆に近いとも聞きます。


居徳遺跡を除くと、1万年以上続いた縄文時代は
三内丸山遺跡とか桜町遺跡とか世界的な巨大遺跡であるにも関わらず武器がありません。
こんな素晴らしいことをなぜ教科書は強調しないのでしょう。



さて、弥生時代に銅剣が入ってきました。
ところが、日本に入ると銅剣は巨大化して祭器になりました。

豊臣秀吉は刀狩りをしました。
武器を好まない日本だからこそ出来たことだと思います。

武器と区別がはっきりしない爆竹は花火になりました。
http://zaru3386.blog.fc2.com/blog-entry-22.html

敗戦後、戦勝国から押しつけられた九条を維持しているのは、
縄文時代を持つ日本だからこそだと思います。

今、日本も武器産業を興し自国を自力で守る普通の独立国になるべきだと思いますが
日本は縄文の頃から武器の少ない社会でした。



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[C12]

くわしほこのちたるくに

[C14]

興味深い言葉をありがとうございます。
日本書紀 巻第三 神武記三十一年 にある日本の古名でした。
手元の井上光貞氏監訳から該当部分(上巻P198)を書き出します。


三十一年の夏四月の乙酉の朔に、天皇は国中を巡幸された。そして因登腋上〓[口+兼]間丘にのぼられて、国のありさまを観望されて、
「妍哉(なんとすばらしいことだ)、国を得たことは〔妍哉、これを鞅奈珥夜という〕。内木錦の真〓き(狭い)国ではあるが、ちょうど蜻蛉(とんぼ)がつがった形のようだ」
と仰せられた。このことから、はじめて秋津洲の名ができたのである。むかし、伊弉諾尊がこの国を名づけて、
「日本は浦安の(平安な)国、細戈(精兵)の千足る(具備した)国、磯輪上の秀真国〔秀真国、これを袍図莽句爾という〕である」
と仰せられた。また大己貴大神は、この国を、
「玉牆の内国(美しい国)」
と仰せられた。さらに饒速日命は、天磐船に乗って、大地を飛びめぐって、この国に目ぼしをつけて天降られたわけであるが、これによって名づけて、「虚空見つ日本の国」というのである。


デジタル大辞泉の解説は
細戈千足国【クワシホコチダルクニ】
《「くわしほこ」は精巧な武器、「ちだる」は十分備わっている意》日本国の美称。
http://kotobank.jp/word/%E7%B4%B0%E6%88%88%E5%8D%83%E8%B6%B3%E5%9B%BD

とあります。勉強になりました。
  • 2011-12-21 06:21
  • ざる
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