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英国&越南 17〔2012.07.15〕ホイアン/ミーソン遺跡

17日目旅行日程表
晴れ
08:00 ミーソン遺跡ツアー発 
10:45 ミーソン遺跡(ミーソン聖域@wikipedia) 〜12:15  
14:00 ホイアン着 
13:30 ホイアン市内
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ホテルの朝食後、ミーソンツアーに参加するためにフロント前で待機。
ツアーバスが8時10分に回ってきてフォックアンホテルからは私を含む4名をピックアップしてその後もいくつかホテルを回ってほぼ満席となって8時半ごろホイアン発。
9時45分に遺跡入り口に到着。

ここからが長い。

バスを降りた所にある休憩所でしばらく待機。ガイドさんがバス車中で集めた入場料(60000ドン=240円)をチケット売り場で入場券にしていたのだろう。
合図があってチケット売り場先のミニバス乗り場まで歩いて移動。
数台あるミニバスで遺跡手前に移動。待合室で全員揃うのを待つ。30分以上ひたすら待つ。
すぐ先に遺跡があるのに見れないのはもどかしいが仕方ない。

10時45分にガイドさんから12時15分にバスに戻るよう指示を受け遺跡に入る。
遺跡内もガイドさんが説明して回るのだがわたしは英語が分からないので自由行動した。

というわけでチャンバ王国(@wikipedia)のミーソン遺跡群へ。

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マレー系海洋民族でチャンパとはかつて北インドにあった国家、都市の名前だという。

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左:南インド(マハーバリプラムの建造物群@wikipedia)や
右:インドネシアのスクー寺院チュト寺院にも似ている。

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左:遺跡内部の展示
右:チュト寺院のリンガと共通する形

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右:ディエン高原アルジュナ寺院群(@画像検索)とも似ていると思う。
  もちろんプランバナン寺院群(@wikipedia)も共通している。

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遺跡内はいくつかのグループに分かれて点在している。
12時15分に集合場所に戻らなければと思うと気が焦る。
時間に縛られずゆっくり見学したかったらツアーはダメだとあれほど・・・w


12時には全員バスに戻ったのでホイアンに向けて出発。
30分ほど戻った地点で船を希望したグループは船に移動して川を下る。
なんと船で昼食が出た! シンプルだったけれど6ドルでバス+船+昼食セットはお得。
途中お土産屋さんに寄って2時にホイアン中心部に到着。下船してツアー解散。

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左:川下りの途中、高床建物を見た。街中では見た記憶がない。 
右:多くの船に目の文様があった。



さてホイアン。
16〜17世紀にアユタヤ、マニラと共に栄えたホイアンの日本人町は鎖国政策で廃れたけれど、今も建物に日本の面影が残っている。
5枚綴りのチケット($5)を購入して最初に向かったのは日本橋。

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日本橋 外観(左)と中の様子(右)


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サーフィン博物館 サーフィン文化は弥生時代に相当する。
九州北部と似た甕棺文化や縄文土器と似た土器をもつ。
たくさん展示してあったアクセサリーはフエの歴史革命博物館と同じだった。


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ホイアン民族博物館 和風の残る広い建物に農具・漁具など生活道具を展示
気になったのは黄繭と白繭の展示。
英語もベトナム語も出来ないのに質問してみたのだが、やっぱり分からなかった。
同時期に二種類の繭を作っていたらしいが詳細が分からない。
以前、中国と日本の蚕について調べたとき黄繭についても読んだ記憶なのだがすっかり忘れた。



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ホイアン歴史文化博物館 
アクセサリーはサーフィン博物館やフエの歴史革命博物館と同じだが、勾玉のような形があったのでNo.06のバネルを確認すると水牛の牙と書いてあった。フィリピンと同じだ。

勾玉について。
フィリピンで大量の牙のアクセサリーを見た結果、随分変化したけれど元は牙なのだろうと思うに至った。台湾やインドネシアにも牙のアクセサリーはあった。しかしベトナムはフィリピンとかなり似ているにもかかわらず牙のアクセサリーが少なくて意外だった。

・・・。日本には縄文初期から石の勾玉があるが牙製の勾玉風アクセサリーは少ない。
日本に人骨が少ないのは土壌のせいだというが、牙製アクセサリーがないのも同じ理由ではないだろうか。今気がついた。

甕棺が出土時の写真とともあって、素人なので分からないのだけれど嬉しかった。
サーフィン文化だけでなくチャンパ文化や中国の磁器や青銅器の展示もあった。



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ホイアンには土産物屋やバリバリ中国風の寺も多い


6時、前日と同じ屋台のフランスパンとコンビニで飲み物を買ってホテルへ戻る。



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