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【Yahoo!知恵袋】何で日本は宋銭や明銭を輸入していた?

わたしの疑問ピッタリの質問が見つかったので参考に。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1437371164">何で日本は宋銭や明銭を輸入していた?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1437371164

jenecomprendspaslefrancaisさん

何で日本は宋銭や明銭を輸入していた?

日本は昔宋銭や明銭を輸入していたのは小学校や中学校の教科書にも載っていますが、その理由が載っていません。なぜ、日本は自分で貨幣を作らずに、わざわざ大陸から銭を輸入しなければいけなかったのですか?

銭を自分たちで鋳造する技術がなかったのでしょうか?それとも、現在でもエクアドルとかフィジーとかの小国が自国通貨を発行せずに米ドルやオーストラリア・ドルを使用していますが、同じように昔の日本も、国家の信頼がなかったから自国通貨を発行しても通用しなかったということなのでしょうか。

なぜ日本は自国通貨を発行していなかったのでしょうか。そして、日本が自国通貨を発行し始めたのはいつからですか?なぜ、自国通貨に切り替えることができたのですか?

説明できる方、長年の疑問です。ぜひ教えてください。

質問日時:2010/2/28 20:35:52





ベストアンサーに選ばれた回答
panzer_kenさん

古代には朝廷がいわゆる「皇朝十二銭」と呼ばれる貨幣を鋳造しました。
しかし、貨幣経済が未熟であったことから市場に流通することは殆どなく※1、今でいう記念硬貨的な扱いを受けていました。

古代末の平氏政権の頃から、都市部を中心に貨幣経済が徐々に浸透してきます。しかし、当時日本国内で発見されていた銅山は採掘量が急速に悪化しており、市場の要求に答えるだけの良質の貨幣を供給することが出来ませんでした。※2 そのため、宋から貨幣を輸入することにしたのです。当時、宋銭はアジア全体の共通貨幣として広く流通していました。

この日宋貿易を取り仕切っていたのが清盛率いる平氏で、平氏政権は日宋貿易の莫大な利益を資金源に活動をしていました。また、宋銭は貨幣としてだけでなく、銅製品の素材用としても流通しています。
どうやら当時の日本には、独自の貨幣を流通させて経済を調整しようという考えが無かったようです。

室町時代になると、明の貨幣が大量に輸入されて流通します。中世には私鋳銭という貨幣も流通していました。これは、文字通り「ワタクシに鋳造した貨幣」と言う意味です。鎌倉、堺、博多などで幕府の公認を受けて私鋳銭が鋳造されていたほか、無許可の鋳造も各地で行われています。私鋳銭はどうしても元の貨幣より小さく、銭名も不鮮明になる傾向があります。特に質の悪い貨幣は「鐚銭」といわれ、市場で嫌われました。権力者は、安定した銭貨の流通を目指し、「撰銭令」と言う法令を出し、どんな銭貨でも同じ価値を持つものとして取引するようにさせました。

豊臣政権は独自の大判、小判、銀貨などの高額貨幣を発行しますが、これは経済のためと言うより、褒美として鋳造したと言われています。

江戸幕府になると、寛永通宝が鋳造されました。良質の寛永通宝が大量に鋳造されたため、わずか数十年で日本国内で流通する貨幣は全て寛永通宝に置き換えられることとなりました。江戸幕府が寛永通宝を大量に鋳造できたのは、戦国末期からの各地での鉱山開発の為です。そして、幕府がそれらのうち、主要な鉱山を直轄領として確保したために、安定して銅が供給されたのです。

また、建武の新政で、後醍醐天皇は新しい貨幣の鋳造を計画しましたが実現しませんでした。これは経済的な理由ではなく、復古政策の象徴として計画したものと思われます。

* 回答日時:2010/2/28 23:11:23






そうだろうか。


※1貨幣経済が未熟であったことから市場に流通することは殆どなく

貨幣とか暦とか度量衡とか
で「最初の貨幣が708年(和銅元年)の和同開珎」と書いたが、その前に富本銭があった。
参考:富本銭@wikipedia

和同開珎 富本銭について@wikipediaに「現在の所、和同開珎は、確実に広範囲に貨幣として流通した日本最古の貨幣であるとされている。」とある。

富本銭はわからないが和同開珎は流通していたのだ。

富本銭については結論が出ていないようだが、日本の学者が何ごとにも古代日本を過小評価する傾向にあることを考えると、これまでの通説よりずっと流通していた可能性が大きいのではないかと思える。




※2市場の要求に答えるだけの良質の貨幣を供給することが出来ませんでした。

弥生時代の銅鐸や銅矛、古墳時代の銅鏡などは「良質の貨幣を供給する技術」と「原料の銅を輸入する手だて」があった証拠だ。


以上のことからよけいに中世の宋銭輸入が解せなくなる・・・。

参考:http://www.bk.mufg.jp/minasama/kakawari/gallery/exhibit/fuhonsen/index.html">三菱東京UFJ銀行貨幣資料館 富本銭について
   http://www.bk.mufg.jp/minasama/kakawari/gallery/exhibit/fuhonsen/index.html

   蓄銭叙位令@wikipedia
   宋銭@wikipedia




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