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律令制と日本の口分田

日本社会は母系制も継続できるように婿養子制度を作った、と書いた。(@儒教と婿養子

日本は中国の律令制を取り入れたので、制度上は父系社会に見える。
見えるではなく、父系社会もあった。

父系制とか母系制というより双系だったのだと思う。

例えば中国では口分田は男性にだけに与えられた。
その中国から律令制を導入した日本は、最初から女性にも男性の2/3を与えた。
男女の体力差を考慮すれば妥当な配分だと思う。
さらに女性は財産を持って嫁ぎ、離婚するときは財産を持って離婚した。

日本には8人の女性天皇がいる。(中国は武則天だけ)
古代の女性天皇は中継ぎだったわけではないと考えている。

中国の史書には卑弥呼の時代、男王と女王が混在していたと書いてある。
卑弥呼の次にイヨが立った。女性が中継ぎでなかった証拠だ。

仏教導入は恵善尼らが担い、世界最古の長編小説は紫式部が書いた。
しかし表面上の体制が父系社会なので紫式部の実名は不明だ。

女性が活躍できたのは、男性が押さえ込まないからだ。
日本人には纏足など考えられない。

日本の歴史を知れば知るほど日本はいい国だと思える。
ただ、お人好しすぎるのが「たまにきず」だ。

「たまにきず」が命取りになることもある。

私も昔は「お人好しでないよりお人好しの方がいい」と公言していた。
バカだ・・・。



参考:
くぶん‐でん【口分田】
1大化の改新後、班田収授法により、人民に支給された田。
 6歳以上の良民の男子には二段(たん)、女子にはその3分の2、賤民のうち
 官戸•公奴婢(くぬひ)には良民と同額、家人•私奴婢には良民の3分の1を支給。
 収穫の約3パーセントを田租として徴税した。
2古代中国で、均田法により人民に支給された田。

りつりょう‐せい【律令制】リツリヤウ‐
律令を基本法とする古代日本の中央集権的政治制度およびそれに基づく政治体制。中国の隋•唐の法体系を取り入れて成立。二官八省を中心とする中央官制、国郡里制による地方行政組織が整い、公地•公民を原則として官僚による土地•人民支配が確立した。人民を良民•賤民(せんみん)に二大別し、班田収授の法により耕地を与える代わりに租•庸•調•雑徭などを課して中央および地方の財源とした。荘園制が発達する9世紀末から10世紀ごろには実質が失われた。令制。




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