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水田開発という共同作業でリーダーが生まれたのか

■昨日、靖国神社から新宿に行く途中、新宿歴史博物館に寄った。

常設展は何度か見ているので最近は視聴覚室を利用させてもらっている。
うれしいことに、なぜか視聴覚室の利用だけなら無料。

で、昨日はhttp://www.gunzosha.co.jp/main/main.htm">「最後の丸木舟」(群像舎 55分/1977年)
http://www.gunzosha.co.jp/main/main.htm
を見た。

トカラ列島・中之島の漁師たちが丸木舟を作るため山で木を切り、その場で荒削りした巨木をロープで引っ張って村に運ぶ。下り坂だけではないから大変だ。
木を刳り抜く作業も道具がたくさんあって興味深かった。

丸木舟を作るのは普通は家族単位なのだとナレーションがあった。
木を切り倒して荒削りするのは時間をかければ少人数でも出来るだろうが、山から引っ張って運ぶのは家族親族だけでは無理なので、そこは昔から皆で協力していたのだろう。

さて、2艘の丸木舟が完成し、大人数で囲い網漁をした。
エンジン付き船数艘で魚をコーナーに追い込んだところで2艘の丸木舟から網を落とす。
その網を舟の上から、海中から、岩場から、狭めていく。村人の共同作業だった。

そういえば青木繁の「海の幸」(@画像検索)も村の共同作業の絵だ。



■日本人は縄文時代からこうやって共同作業していたのだろう。
いや、縄文時代にとどまらない。
旧石器時代の落とし穴も村人の共同作業があったのではないだろうか。

参考:http://www.kahaku.go.jp/userguide/hotnews/theme.php?id=0001325653985326&p=1">国立科学博物館
旧石器時代のアジアでの「現代人的行動」の出現に関する国際シンポジウムが開催されました!
http://www.kahaku.go.jp/userguide/hotnews/theme.php?id=0001325653985326&p=1
琉球列島における3万年前を越える海洋渡航技術の証拠などが報告…(中略)…

そして、2日目午後は、日本の旧石器時代についての発表が8件ありました。これまでのところ、日本でしか確認されていない旧石器時代の落し穴、外洋の島までわざわざ舟で出かけて石器の原材料を取りに行っていた証拠、そして世界でも飛びぬけて高い遺跡密度などには、海外参加者は驚いていました。





■歴史書で弥生時代に始まった水稲は共同作業が必要なのでリーダーが生まれたと繰り返し読んできた。

例:http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/nihonshi/archive/resume002.html">NHK高校講座 縄文から弥生へ 〜稲作の広がりと金属器〜
  http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/nihonshi/archive/resume002.html
水田開発という共同作業を通じて、「ムラ」と呼ばれる共同体が成立しました。
さらに、いくつかの「ムラ」を束ねるまとまりも生まれていきます。
共同体のトップ=リーダーは、稲作の儀礼をつかさどるなど、人々を支配する権力を持つようになりました。


実家は農家で子供の頃は水田があった。子供でも田植えや稲刈りは手伝った。
稲刈りは家族だけで出来たが田植は近所の人に手伝ってもらった。
米作りは基本、家族単位でしていた。

もちろん水路を引いたり水量を管理したりするのは村単位で行うことではある。
しかしそれは丸木舟を作る巨木の管理や木材の運び出し作業と同じではないだろうか。

「水田開発という共同作業がリーダーを生んだ」とは考え難い。

「水稲による備蓄米が富の蓄積をうんたら」というのも嘘に違いない。このことは別項で。




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