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記紀にみえる帆船

「枯野」は「カヌー」を表していると聞くがそうだと思う。

古代日本の航海術」(茂在寅男 小学館ライブラリー P25)には
天の磐船」をポリネシア語で解釈すると
アマ=アウトリガーの先の浮木
イワ=軍艦鳥(@wikipedia
なので「天の磐船」は「アウトリガーカヌーの鳥船」だとある。


神武東征神話で興味深いのは神武天皇が東征の途中、速水門で「亀の背に乗りて釣りをしつつ、羽ばたいて来る人」に遭う場面だ。羽ばたく亀は帆舟だろう。
参考:神名釈義 名義ミニ事典
http://www.zb.em-net.ne.jp/~kiokunomori/html/mukashi/shinnmei/shinnmei-11.html


古くなったカヌーを焼いて塩を作ったり、琴を作った記述もある。
http://www.kyo.co.jp/~shimada/essay/karano.htm


このような古典から船の記述を纏めたサイトを見つけた時はとても嬉しかった。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~yurusu240/kojiki-funenokiroku.htm">古事記・枕草子・船の記録
http://www7a.biglobe.ne.jp/~yurusu240/kojiki-funenokiroku.htm
http://www7a.biglobe.ne.jp/~yurusu240/nihonsyoki-funenokiroku.htm">日本書紀・船の記録
http://www7a.biglobe.ne.jp/~yurusu240/nihonsyoki-funenokiroku.htm
http://www7a.biglobe.ne.jp/~yurusu240/mannyousyuu-funenokiroku.htm">万葉集・船の記録
http://www7a.biglobe.ne.jp/~yurusu240/mannyousyuu-funenokiroku.htm




文字の記録だけでなく、多くの遺跡から古くなった船をリサイクルした井戸が出土している。

■大阪府 蔀屋北遺跡
蔀屋北遺跡では、大型の準構造船の船底や舷側板を再利用して枠にした5世紀中頃や後半の井戸が複数見つかっています。
http://www.gensetsu.com/060812sitomiyakita/doc1.htm

■福岡県 潤地頭給遺跡
丸太をくりぬいた船底部三点と、舷側板(ゲンソクバン)一点で、井戸枠に転用されていた。船底部のうち一点はクスノキ材、他はスギ材であるため、船は二隻とみられる。
http://www1.ocn.ne.jp/~mueki/zui-uruuzitoukyuiseki.htm

ほかにも小阪合遺跡長保寺遺跡など多くの例がある。



このように古代日本人は船をリサイクルし、船を歌に織り込み、墓に帆船を描いていた。




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