Entries

日本人の主食は米か?

http://www.netlaputa.ne.jp/~andreus/">大論争という掲示板があった。
http://www.netlaputa.ne.jp/~andreus/
今も削除せずに残してくれている管理者に感謝。

そこに参加して古代史を楽しみ、勉強した。

その掲示板大論争に「日本人の主食は米じゃない。」と書いた。
とても評判が悪かった。

コメはおいしくて完全食で連作障害もないすばらしい食材だという。

確かに学校では弥生時代の水稲が権力の集中を促したと習った。
しかし弥生開始期が500年さかのぼり、国家形成の要因とは言い難くなった。

そのうえ陸稲は縄文時代に栽培されていたのがわかった。

縄文時代の栽培穀物は、イネ、オオムギ、アズキ、アワであり、これらの栽培穀物は、後期・末期(炭素年代測定で4000〜2300年前)に属する。稲作@wikipedia


■縄文時代から米を知っていたのに陸稲があまり流行らなかったのはなぜだろう。
水稲の方が面積あたりの収穫率は高いが労力を考えると陸稲に軍配は上がる。
美味しさは・・・知らないけれど、そんなに違わないだろう?

今の私達はどうだろう。米を主食にしているだろうか。
私自身は主食といったら米かもしれないがラーメンやうどんやパンも好きだ。
主食が米になっているのは流通にもよると思う。
実際、数十年前まで田舎の山梨では夜は「ほうとう」だった。
祖父の頃の朝は「オヤキ」だったという。

古代人もご飯は美味しいけれど、芋だって美味しいと思ったに違いない。
玄米や麦飯も美味しいけれど、里芋を茹でるとたまらなく美味しい。

米を作るより、楽に美味しいものが食べられるなら、楽な方がいい。
芋は冬の間「室」に保存した。
それが「竪穴住居址」と考えられているのではないかというのは別の話・・・。

水田跡は弥生時代に例えば1年しか作らなかったとしても遺構として残る。
一方、陸稲畑も芋畑も近年のものでも作った跡が残らない。



■ではなぜ、大和朝廷は米にこだわったのだろう。
米がお金の代わりになったからに違いない。

昔、山梨の生家は養蚕をしていた。しかし普段絹の服など着ていなかった。
水田があったけれど夜は「ほうとう」だったのと同じだ。
農家にとっては米も繭も商品だった。

古代から日本人は米だけでなくその土地で一番合理的なものを作り食べてきた。
江戸の時代劇では蕎麦屋が定番だ。
それでも江戸は脚気が多かったというのだから、地方が米を主食にしていたわけがない。


ヤフー掲示板でもこの件は不評だった。現代日本人にはコメ信仰があるような気がする。
米がお金の代わりに年貢となったため、神聖視され、明治以降、士農工商の解体とともに米にこだわる人が増えたのだと思っている。




.
関連記事
スポンサーサイト



この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://zaru3386.blog.fc2.com/tb.php/157-6ec12557

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

ざる

Author:ざる
ganko*k8.dion.ne.jp(*→@)
リンク・引用:フリー(連絡不要)
書籍やネットからの引用文は
緑色にしています。

アップ後1ヶ月以上経った記事の変更は追記にしますが、アップ後数日の記事はことわりなく修正する事が多いです。

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR