Entries

台湾の蕃郷風物記と日本神話

【AJER】倉山満×梅原克彦【日本書紀】
「天皇制についても日本文化の根幹だとは思っていない。」と書いた。

天皇家の起源は「古事記」「日本書紀」に書かれている。
そこには天皇家は九州に降臨したと書いてある。

この天孫降臨神話と似た神話が台湾のアミ族にある。神に姓がないのも同じだ。

蕃郷風物記」(小泉鉄 初版1932年)P24
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
 奇密社はアミ族の蕃社の中で最も古い伝統を伝えているものだといはれている。…西に…山がある…太古アミ族の祖先の二柱の神が降臨して住んでいたのであるが、土着の神との間に争を生じ、土着の神は海の神に加勢を求めて津波を起こさせ、皆殺しにしようとした。それで二柱の神はいち早く梯子によって天上に登った…
 奇密社にもカケタンの家がある。そしてそれは二軒である。この二軒が祭事を司るのである。ここで又面白く感ずることは、アミ族には家々に姓に似たものがあるのであるが、その起源に就いては解らない。…だが、兎に角すべての家には姓があるのである。ところが、カケタンの家である二軒には姓はないといっている。其の家の一つにタアエといふ老人がいるのであるが、彼は私に対して、自分は神の直裔であるから姓はないのだと答へた。

<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<


台湾は九州とほぼ同じ面積で、日本が統治するまでいくつもの部族社会に分かれ、それぞれ独自の言語と風俗をもっていた。

だったら古代の九州もそうだったのではないか。

台湾と九州に限らず、古代インドシナ半島、インドネシア、フィリピン、日本列島には似た部族社会があったのではないか。

倭人が朝鮮半島に鉄を採りにいっていたとき、九州に邪馬台国や狗奴国があり、本州にもたくさんの国があった。

同じ頃、インドネシアにはシュリーヴィジャヤ王国シャイレーンドラ朝があり、カンボジアやタイも同様だった。


日本列島やインドシナ半島、インドネシアでは部族国家の統合が進み似た古代国家が成立した一方、フィリピンや台湾は島が小さいため部族国家が維持されたのではないか。

九州の隼人とは、九州が統合される過程で粘り強く残った部族国家だったのではないか。
そんなふうに考えている。


要するに、カケタンが台湾アミ族の神であるように、天皇も九州の一部族の神だったと考えている。

そしていわゆる大化の改新まで、畿内の王は蘇我家だった、と。
日本書紀に国記と天皇記を持っていたのは蘇我氏だと書いてある。
参考:国記@wikipedia 天皇記@wikipedia

九州の大和国は白村江の敗戦によって中国兵2000名の上陸を許した。それに嫌気をさした天武天皇(=神武天皇)が大化の改新以降親族が治めている畿内に遷り、乗っ取りを完成させたと考えている。

そして国名を「日本」とした。
中国の史書は「倭という名称をきらって日本へ改称した」とか「元々小国だった日本が倭国を併合した」とか書きながらも日本側の説明を疑い、倭国と日本国を併記し両者は別種であると記述している。(「倭国」から「日本」へ@wikipedia



そういう経緯を考えると、その後の天皇家の文化や伝統は比類無いものではあるけれど、日本文化の根幹だとは思えない。
皇紀2672年というけれど、日本人は縄文時代、その前の旧石器時代から日本列島にいる。


参考:http://www1.tcat.ne.jp/eden/Hst/indonesia/index.html">インドネシア歴史探訪
   http://www1.tcat.ne.jp/eden/Hst/indonesia/index.html

   【インドネシア 03】Taman Mini Indonesia Indah

.
関連記事
スポンサーサイト



この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://zaru3386.blog.fc2.com/tb.php/149-b391fbc5

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

ざる

Author:ざる
ganko*k8.dion.ne.jp(*→@)
リンク・引用:フリー(連絡不要)
書籍やネットからの引用文は
緑色にしています。

アップ後1ヶ月以上経った記事の変更は追記にしますが、アップ後数日の記事はことわりなく修正する事が多いです。

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR