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【AJER】倉山満×梅原克彦【日本書紀】

カテゴリーが「神話」なのは日本書紀の長年の謎が解けたような気がしたので。

http://www.youtube.com/watch?v=cDFrtPYyEcI">『憲法無効論など生ぬるい!①』倉山満 AJER2012.2.10(1)
http://www.youtube.com/watch?v=cDFrtPYyEcI

■06:15〜
要旨:戦後体制とは日本を敗戦国のママの状態にしておくこと。
   昭和20年8月15日は終戦ではなく敗戦の本格化である。


■07:50〜
要旨:アメリカ人は移民の集まりなので共通の常識がない。
それで『コモン・センス』(@wikipedia)を作った。
このなんでもかんでも文字に残さなければならないという発想が日本国憲法に入った。一方、イギリス人は文字に書いて残さなければならないことは文明的ではないという意識を持っている。

明治の帝国憲法はイギリス的であり、当たり前のことは書いてない。
帝国憲法には天皇制を廃止してはいけないとは書いてない。
当たり前過ぎて書く必要がないからである。


■10:40〜 大事なことは書いてはいけない


http://www.youtube.com/watch?v=iPEoQl7_N9s">『憲法無効論など生ぬるい!②』倉山満 AJER2012.2.10(2)
http://www.youtube.com/watch?v=iPEoQl7_N9s

■04:35〜
要旨:日本国憲法で地方自治について書くのはよくない。他の条文との齟齬があるともめるだけだからだ。
なぜ帝国憲法には地方行政の条項がなかったのか。


■09:10〜
要旨:地方行政の問題は地方毎に異なる。(地方行政を憲法に加えれば齟齬が生じてもめるだけだ。)だから地方行政を憲法典に書き込むことは理に適わない。大前提として日本国憲法などというものは民族の記憶から抹消する。100年後の受験生が日本国憲法という単語を知らない。ここまでもっていって憲法論議としては完成する。
未来の日本をどうするのか、ということだけ考えてよけいなことは書かない。新しい憲法がそういうものになれば日本国憲法は歴史から忘れ去られるはずである。


引用は以上。
断っておくが、わたしは明治政府が大嫌いだ。天皇制についても日本文化の根幹だとは思っていない。日本人が天皇制を護ってきたのだと思っている。でもそれは別の話。




天皇家は九州に降臨して神武天皇の時、畿内に東征した。
日本書紀は本当のことを書いていると思う。

わたしは「神武天皇=天武天皇」と考えている。
が、日本書紀にはそう書いてない。

なぜ書いてないのか。
当たり前過ぎて書くことではなかった、というのでは説得力がないと思っていた。

でもそうだったのかもしれない。

実際、称徳天皇は皇位託宣を宇佐八幡宮で行った。
道鏡への反発はあっても伊勢神宮ではなく宇佐八幡宮であることへの反発はなかった。

なぜか。
その頃は天武天皇が九州から来たのは書くまでもない常識だったからではないか。

そういえば司馬遼太郎が「日本書紀は書かれて100年も経つと解釈できない史書になっていた。」ようなことを書いていた記憶だ。

倉山満氏の今日の話を古代史に適用すると、すごい。




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